第14話「仮面と男の子①」※ひまり

 きっかけは、あの人はたぶん仮面を被っている。

 なんとなくそんなことを思ったことからだった。


 生徒会長さんはいつも凛々しく、気高く、他を寄せ付けないようなオーラを放っているけど、私にはどこか作りもののように感じていた。


 どうしてそんなことを思ったのか。

 それはどこか私も似たようなところがあったからなんだと思う。


 あの仮面の下はどうなっているんだろう。

 ずっと気になって、見かけたらついつい目で追っていた。


 それが確信に変わったのは、仮面が剥がれ落ちた瞬間を見た時。


 ある男の子と話をしていた生徒会長さんの顔は、とても優しく、例えるなら女神様のような、優美な笑顔だった。


 きっと普段からあんな笑顔を見せていたら、冷徹な女王などと呼ばれる二つ名は全く別物になっていただろう。


 あんな顔をさせた、仮面を引き剥がしたあの男の子は一体誰なんだろう。

 どんな男の子なんだろう。


 しばらくして分かった。

 生徒会長さんの弟の横峯修司くんだって。


 いつの間にか、私の興味の対象は横峯くんに変わっていた。


 どこか観察するかのように、遠目でその姿をいつも見ていた。


 見過ぎてつい目が合ってしまった時は、誤魔化すために笑顔を返していた。


 横峯くんは何だろうってキョトンとした顔をしていたけど。


 話かけてみようかな? って何度も思ったけど、その度に踏みとどまる。


 横峯くんの隣にはいつも可愛い女の子ーー掛川さんが居て、二人で楽しそうにしていたから。


 見てて分かるよ。

 二人は両想いなんだろうって。

 私があそこに無理に入っていくのは、止めた方がいい。


 そんなことを考えながら月日が過ぎ、異変を感じ始めたのは2月の半ば頃だった。


 何だか横峯くんがソワソワしてるかと思ったら、ぼーっとし始めたりと落ち着きがなかった。


 そのあとは全く逆で何事もなかったかのように過ごし始めたかと思ったら、掛川さんと関わりを持たなくなっていた。


 横峯くんが? ううん、違う。掛川さんが横峯くんを避けてる。


 どうしたんだろう。

 喧嘩でもしちゃったのかな?

 掛川さんとは対照的に横峯くんは何も気にしてない様子だったのが、見ていて凄く不気味に感じていた。


 もうすぐ2年生になる。

 もしクラス替えで一緒のクラスになれたら、少し話せたりするかな?

 いろんな意味で気になるから、そうなったら嬉しいな。


 ******


 私の願望はすぐに現実になった。

 クラス発表の掲示板を見た時、ドキっとした。


 教室の前で席順を確認した時は、もっとドキっとした。


 席に着いて、どんな風に話そうかいろいろと考えていた。

 これから隣に横峯くんが来る。


 ふと、きっかけになった生徒会長さんのことが頭を過る。

 私も少し、仮面を付けて話してみようかと思った。


 横峯くんが来たら、ちょっと表情を作って、少し雰囲気を変えてみよう。


 来た。

 鞄を机に掛けたら、すぐに挨拶しよう。


「おはよっ」


「ありがとう」


 え? 何それ? どうしてありがとう何だろう。横峯くんって天然系?


「ふふっ、おはようにありがとうって、面白い人だね」


「だって、気を使ってすぐに挨拶してくれたんだよね? 今の表情の方が自然だったからね」


 挨拶一つで普通そこまで考えるかな?

 でも気を使って挨拶したのも、表情を作ったのもまさに図星だった私は、面を食らいながらも何とか誤魔化した。


「考えすぎだよ。お隣さんに普通に挨拶しただけ」


「それでも、ありがとうだよ。4月のそわそわした空気になかなか慣れなくて緊張してたから、助かったよ」


 私は横峯くんに緊張してたんだよ?

 なんて、そんなことは言えないけどね。

 また隠すように、どういたしましてと頭を下げた。


「あっ、えと……初めまして、横峯修司です。よろしく」


「初めまして、花菱はなびしひまりです。これからよろしくねっ」


 横峯くんが右手を差し出して握手を求めてきた。

 今まで遠巻きに見ていて触れられなかった人に、こんなにも近づいていることに動揺するも、平常心を装うようにその手を握り返す。


 だけど、自然と笑みが溢れてしまう。


「あの、花菱さんって以前どこかであったことある?」


 あったことはないけど、ずっと見てたよ。

 遠くから、ずっと。


「ふふふっ、さっき自分で初めましてって言ったばっかりなのに」


「そ……そうだよね。変なこと訊いてごめん。それと言い忘れてたことがあるんだけど……」


 言い忘れたこと?

 何だろう……なんかあったのかな?

 気になって少し身を乗り出した。


「おはよう」


 ふふっ、遅いよ。

 不思議な人。


 その時、私は気づいた。

 いつの間にか私の仮面が剥がされていたことに。


 あぁ、こういうことだったのかな。

 私はますます横峯くんのことが気になり始めていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る