第12話「お弁当」

 士道くんからお姉ちゃんとの出会いを聞いた後にすぐ授業が終わり、教室で着替えてから士道くんとお弁当を食べた。


「士道くんって旧姓だったんだね。あんなことがあったから、席がおかしいのに全然気づかなかったよ」


「教師もそう呼んでくれるしな。士道でいいぞ」


「うん」


 そう言って士道くんの呼び方が決まった。

 カッコいい名前だし僕もこっちの方が好きだ。


 亡くなったお父さんのためにそこまで一生懸命なのもすごいし、士道くんはやっぱりカッコいいなぁ。

 それで結果はどうだったんだろう。


「さっきの話だけど、大会はどうだったの?」


「……ぬわぁ〜!」


 小さく叫び、ばつの悪い顔をした士道くんは髪をかきむしりながら天を仰ぐ。

 何かまずいことを訊いてしまっただろうか。


「ど……どうしたの?」


「いや……あんなお願いしたけどさ……負けちまったんだよなぁ。ホントカッコわりぃよ……」


 これだけ強そうなのに士道くんでも負けちゃうんだ。

 全国大会はやっぱりすごい人がいるんだろう。


「そんなことないよ。頑張ってやったなら誰も責めたりしないよ」


「そうかなぁ……。でもあそこまでやってくれた姉さんに申し訳なくて、合わせる顔がないんだよな……」


「お姉ちゃんは気にしないと思うけど……」


 お姉ちゃんと会うのをあそこまで渋っていたのは、また他にも理由があったのだと納得した。


「渋谷って知ってるか? あいつに負けたんだよ」


「え? 中学の時に一緒だったよ」


「そうだったのか。なんか修司の周りはつえー奴と美人ばっかだよな」


 そう言って笑う士道くん。

 確かに僕の周りには凄い人が多い気がする。


 あまり負けたことに触れられたくなさそうだと思った僕は、話題を変えた。


「士道くんのお弁当はお母さんが作ってるの?」


「ああ、修司のとこもだろ?」


「ううん、僕のはいつもお姉ちゃんが作ってくれてるんだよね」


「えっ」と言って右手で持っていた箸をポロッと落とす士道くん。

 目の前に宝石箱を見つけたような視線を向けてくる。

 好きな人の手料理ってやっぱり食べてみたいものなんだろうと思った僕は、士道くんに勧めた。


「た……食べる?」


「!? い……いいのか?」


 僕がお弁当箱ごと差し出すと、士道くんはその中から卵焼きを一切れ取った。


「ありがとな。じゃ……じゃあ、いただくぞ」


 そう言って卵焼きを口に運ぶ士道くん。

 目を瞑り、モグモグと一噛ひとかみずつ味わい、ゴクンと飲み込んだ。


「う……うまい……うますぎる……」


 掠れた声で嘆くように呟いた。

 まるで三つ星レストランでメインディッシュを食べた時のリアクションだった。


 確かにお姉ちゃんのご飯は美味しいけど、士道くんの中には何か味を格段にアップさせる、見えないフィルターのようなものがきっとかかっているんだろう。


「姉さんに言っといてくれ……お礼はもう貰ったと」


「え? これだけでいいの?」


 助けてくれたお礼が卵焼き一切れでいいというのはどうなんだろうと思ったけど、本当に満足してくれているみたいだから大丈夫かな?


「あぁ、至福の時だったぜ……いいよなぁ……料理が出来る女って……修司もそう思うだろ?」


「うん。僕も料理あんまり得意じゃないから、料理出来る人は凄いって思うよ」


 そう言えばひまりは料理研究部に入ったみたいだけど、うまくやってるだろうか。


 お昼と午後の授業が終わり、帰りのHR前にひまりに訊いてみた。


「料理研究部はどう?」


「うん、楽しいよっ! お菓子いっぱい作れるし」


 前にも思ったけど、相当お菓子が好きなんだ。

 研究という言葉に疑問を持った僕は訊いてみた。


「研究ってことは、失敗しちゃったりもするの?」


「う〜ん、基本的に料理が得意な人が多いから、そこまで失敗ってものは……ないと思うよっ」


 変な間があった気がする。

 何か思うところがあったのかな?


「ひまりは料理得意なの?」


 すると「ん〜」と顎に手を当てて考え込む仕草をしたあと、パッと何かを思い付いたのか口を開く。


「自分じゃよく分からないから、今度修くんに判断してもらおうかなっ」


「料理作ってくれた人の前で、おいしくないって言えなさそうだよ僕……」


「修くん? こういうのは早めに不味まずいって言っておかないと、将来お嫁さんもらった時に毎日大変なことになっちゃうんだよ?」


「そうなんだ……」


 確かに、一度でも嘘でおいしいって言ったら、あとから不味いって言いづらそう。だけど、言ったら言ったで相手を傷つけちゃうのも嫌だし……難しい問題だなぁ。


 そんな話をしていると、神谷さんが僕の席にやってきた。


「ねー横峯くん、ちょっとスマホかしてー」


「え? どうしたの?」


「悪いようにしないから、おねがーい」


 胸の前で手を合わせ、頼み込む仕草をする。

 神谷さんはとてもいい人だから、特に疑うこともなく、スマホのロックを解除して渡した。


 シュバシュバと素早い動きでスマホを操作し、ものの30秒くらいで僕にスマホを返してきた。


「ありがとー、じゃねー」


 そう言って手を振って、神谷さんは自分の席に帰っていった。

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