第11話「約束」※士道

「お願いします!」


 俺は何度も頭を下げる。

 これで何回目だろうか。


「無理なものは無理だ」


 そう言って俺の願いを却下するのは、顧問の坂本先生だ。


「俺、これだけはどうしても譲れないんですよ!」


「お前もいい加減しつこいぞ」


 自分でも分かってる。

 俺が言ってるのはただの我がままだって。

 他の人が聞いたら何だそんなことかって言うだろう。


「俺、諦めませんから!」


「いいからさっさと道場行け」


 話は終わりだと手で払い、職員室から俺を追い出そうとする。

 今日もダメかと諦めて踵を返して出て行こうとした時だった。


「何か問題かしら?」


 1人の女子生徒が頭を何度も下げて懇願こんがんする俺を見ていたらしく、話しかけてきた。


 見てすぐに分かった。

 生徒会長の横峯愛香だ。


 その生徒会長を見て坂本先生は顔を引きつらせている。

 生徒会長はすげぇ綺麗な人だが、何故先生はそんなおののくような目で見るのだろうか。


「あ……あぁ、ちょっと士道がな。な……何でもありま……ないぞ」


 話に入って来て欲しくないのか。

 お茶を濁して終わらせようとしたが、そうはならなかった。


「士道? あなたくんよね? どういうことかしら?」


 坂本先生がしまったという顔をしている。


 何故俺の名前を知っているのだろうか。

 疑問に思ったが、生徒会長のこの人なら何とかしてくれるのではないかという期待から、俺は話をした。


「士道は旧姓なんですよ。死んだ親父の」


「そうだったのね。それで?」


「使いたいんです。今度の空手の大会でこの名前を」


 母親が再婚して吉田になったけど、別に新しい親父のことが嫌いな訳じゃない。


 まぁ吉田って苗字は士道に比べたらちょっとダセーかも知んないけど、俺の昔からのダチは呼び慣れた士道っていうし、俺もそれに合わせて士道で自己紹介してあだ名みたいにしてるから、さして問題ではない。


 ただこれだけは絶対に譲れない、俺は話を続ける。


「死んだ親父は俺の空手の師匠でもありました。約束したんですよ……いつか大会で優勝するって。だから親父の名前と想いを背負って戦いたいんです」


 気付いたら俺は生徒会長に頭を下げていた。

 ただ顧問にあれだけ言ってダメだったのだ。


 生徒会長ともなれば考えが固い人も多い。

 くだらない、我がまま言うなと一脚されて終わるかもしれない。


 そんな考えが過ぎって諦めかけていた時、そこに一筋の光が差した。


「そう、それで連盟は何て?」


 そう言って生徒会長は坂本先生に問いただした。


「い……いや、確認してないが……大会規定でダメって書いてあるから無理なんだよ」


 すると生徒会長は深くため息をついて、坂本先生にウジ虫を踏み潰す直前のような哀れみの目を向ける。


「あなたそれでも教職員かしら? 書いてあるからダメって、そんな回答は子供にだって出来るわよ。本質をよく考えなさい。分からなければ訊きなさい」


 坂本先生は突然の叱責に返す言葉もなく黙ってしまった。


「連盟に確認して何故ダメなのか、過去に例外はあったのか、あったならどんな問題が起きたのか、今回の件で例外措置は取れないのか、訊けることを全て訊きなさい。それを吉田くんに説明するのがあなたの仕事なのよ? 職務放棄もはなはだしいものね」


 坂本先生は今にも泣き出しそうな顔をしていた。

 これでも空手部の鬼教官と言われてたのだが、今は見る影もなく、イタズラをして怒られた子供のようになっている。


 冷徹の女王と噂される生徒会長が、俺のためにその道筋を示してくれた。


 この短い会話の中で、俺は生徒会長にどんどん引き込まれていく。

 そして生徒会長が俺に向き直った時、息を呑んだ。


 美しい微笑みを浮かべた女神のような表情で、子供をあやすかのように優しく、そしてどことなく儚い声で俺にこう言った。


「それでダメなら、あなたも納得するでしょう?」


「ひゃい」


 変な声が出た。


 胸がドキドキする。


 強豪と対峙した時でさえこんな緊張は味わったことがない。

『ありがとうございます』と言おうとしたが、そんな言葉すら発せられなかった。


 男がやってもかっけぇと思うことを平然とやり遂げる女の人に、俺は恋とも憧れとも嫉妬とも取れるいろんなものが混ざり合った感情で、去って行く生徒会長を羨望の眼差しで見送った。


 坂本先生はあのあとすぐに連盟に確認して、難色を示して検討すると言われた数日後、士道での出場許可が降りた。


 後に分かったことだが、何故か大会規定が急遽変更になったらしい。


『例外として出場校の校長承認と正当な理由があれば、別称での出場を許可する』という一文が。


 坂本先生は校長にそんな話はしていなかった。


 そして俺はこの日から、姉さんから目が離せなくなった。

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