第2話「ナニカ」

 しばらく走り出したあと、ふと我に返る。


「あれ? 何で僕はこんなに必死になって走ってたんだっけ……?」


 いつもの帰り道、土手の上で立ち止まっていた。手には少し破けた、包装紙に包まれたナニカを持っている。


「え!? 何だろう……これ……気持ち悪いなぁ」


 とりあえず中を確認しようか、それとも持ち帰ろうか。ぼーっとしてるうちにどこかで拾ったのだとしたら、交番に届けた方がいいのかなぁ?


 いろんなことを考えてるうちに、なにか嫌なことが頭を過る感覚に襲われて──


「うわぁー!?」


 やってしまった。

 不気味な感覚に襲われるがあまり、思わず手に持っていたナニカを土手下の草むらに放り投げてしまった。


 道端に物を捨てるのはよくない。そんなことは分かってるよ。探した方がいいよね……でも、何か気味が悪くて怖いよ……。


 僕は逃げるようにその場を立ち去った。


 *****


「ただいま〜」


 逃げ帰ったためか、家の玄関をいつもより勢いよく開ける。


しゅう、おかえりなさい」


 靴を脱いでるとき、同じ高校に通う1学年上のお姉ちゃんが迎えに来てくれた。


「今日は遅かったんじゃない? どこ行ってたの?」


 少し心配そうな表情を浮かべている。


「えーっと……なんかそれがよく覚えてないんだよね」


「っ!?」


 お姉ちゃんが言葉にならない、驚愕したような、そんな顔をしている。

 一体どうしたのだろう……そんな変なこと言ってないような気がする。いや、よく覚えてないのはちょっとおかしかったかも知れないけど。


「……お姉ちゃん?」


 僕は少し心配になり、お姉ちゃんに問いかけた。


「ちょっと来なさい!」


 少し語気を荒げたお姉ちゃんのあとを歩く。リビングにある4人掛けのダイニングテーブルに、お姉ちゃんと向かい合うように腰掛ける。


 いつもお母さんを含めてご飯を食べる時は隣に座るけど、何か話し合いをする時はこのスタイルだ。


「今日、家を出てから帰って来るまで。覚えてること、全部話しなさい」


 少し冷静になったのか。先ほどまでの血相を変え荒げた声は鎮まり、いつもの優しい声音で僕に問いかけてきた。


「えーっと、今日は普通に家を出てから──」


 今日あったことを事細かに話して行く。家を出てから学校に着くまで。

 友達とこんな話をして、こんな授業を受けて、お昼はいつもお姉ちゃんが作ってくれるお弁当を食べて、ちょっと眠かったけど頑張って午後の授業を受けて。

 そこから家に帰って来て……あれ?


「……なんか橋の辺りからよく覚えてないかも……」


 また心配したような顔をお姉ちゃんがする。


「そこからは? 何か変わったことはなかった?」


 そういえば、あれについて言ってなかったのを思い出す。


「気づいたらナニカ持ってた」


「ナニカ?」


「うん、包装紙に包まれてて大きさは……そうだなぁ、ティッシュ箱くらい?」


 テーブルの周りを見渡し、たまたま目に入った物で例えた。あれを持ってたのはほんの十数秒くらいだったと思うけど、確かそれくらいだったような気がする。


「それで? それはどうしたの?」


「あっ」


 まずいことを言ってしまった気がする……これは絶対に怒られるやつだ。だってあの姉・・・なのだから当然だ。道端に物を捨ててきたなんて言った日には……。


「……なんか気づいたら変な物持ってるって思ったら怖くなって……捨てて来ちゃった……ごめんなさい……」


 絶対怒られる絶対怒られる絶対怒られる。


「分かったわ。それで? どこら辺に捨てて来たの?」


 絶対おこ……あれ?


 スマホの地図アプリを開きながら、捨てた場所を訊いてくる。


「怒らないの?」


 あの姉・・・が怒らなかったのが意外過ぎて、思わず聞き返してしまった。


「怒ってるわよ。当たり前じゃない。でも……今日はいいわ。それどころじゃないもの」


 今日って何かあっただろうか。掘り下げて聞くこともできるけど、いいと言ってるんだからそっとしておこう。触らぬ神に祟りなし。


 スマホを渡してきたのでそれを受け取り、捨てた場所をタップしてピンマークを立てる。


「多分この辺、土手下の草むらにあると思う」


 スマホをお姉ちゃんに返して答えた。


「ここね、分かったわ。探してくるから、あなたは家にいなさい」


 もうすっかり日も暮れているため、いくらお姉ちゃんでも女の子が一人で出歩くのは危ないんじゃないだろうか。第一捨てたの僕だし……。


「僕もい──」


「家に居なさい! 分かったわね?」


 間髪入れずに却下された。


「……はい」


 僕はそれ以上何も言い返すことはなかった。

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