幼馴染に男だったら誰でもよかったと言われ記憶を喪失しました。
ベータ先生
第一章
第1話「白紙」
3月14日、ホワイトデー。
今日、僕──
幼稚園の時からずっと好きだった。
中学2年生の頃からちょっと? 素っ気なく接して来るようになったけど、高校1年生になり、1ヵ月前のバレンタインデーの日には僕のために手作りチョコをくれた。
だから多分嫌ってなんかいないよね。
このまま幼馴染の関係を続けるのも悪くないけど、もっと先に進みたい。遥が僕の彼女だったらって何度も思ってきた。
だから、今日のホワイトデーのお返しの時にこの想いを伝えたい。僕の彼女になってくださいって伝えるんだ。
そんなことを考えながら、通学路の橋の下で遥を待つ。
この日のために用意した、綺麗にラッピングされたプレゼントを握りしめて。
僕の家庭はお姉ちゃんとお母さんの3人家族で、あまり裕福ではなかった。
プレゼントを用意するお金もなかったから、1ヶ月前から家族以外には内緒で短期のアルバイトをしていた。
そしてようやく昨日、遥が喜んでくれそうな物を手に入れることができた。
ずっとこの1ヶ月間、家にいる時も、学校のときも、バイト中のときも、今日のことばかり考えていた。
遥は喜んでくれるだろうか。しばらく見てないあの笑顔を見せてくれるだろうか。僕の……彼女になってくれるんだろうか。
もはや考え過ぎて家ではただぼ〜っと天井を見つめるだけ。学校では授業中なんか上の空で、先生に指されてるのさえ気づかない。バイト中ではミスばっかで何も手に付かなかった。
だけどそれも今日までだ。よし、頑張って伝えるぞ。
そんなことを考えながら待っていると、約束の5分前。遥が橋のフチからすっと姿を表すのが見えた。
さっきまで意気込んでたのが、どこに行ってしまったのか。遥の姿が見えた途端、ドキッとし、ドクドクと心臓が脈打つのが胸に手を当ててなくても分かる。
まるで耳元で心音を聞かされるかのように、僕の頭の中で鳴り響いていた。
「何? 横峯……話って……」
遥の言葉にハッとし、少しだけ冷静を取り戻し、僕は言葉を発した。
「えーっと、その……お返しの日だから……」
冷静を取り戻したのは本当にほんの少しだけだったようだ。パニックになって、もはや事情を知らないとわけが分からないことを言ってしまっている。
「そ……」
目線を少し逸らし、遥が返事をする。どうやら意味が通じたらしい。今日がホワイトデーだということも理解して来てくれたようだ。
だからさっき僕が言った事も、第三者にも伝わるように訂正したりはしない。次の言葉を遥に投げかけた。
「だから……これ……」
そう言って後ろに隠し持っていたプレゼントを前に差し出そうとしたそのとき──
「て……っていうか何? バレンタインのお返しとか、べ……別に要らないんだけど? あれは友達の付き添いで一緒に作っただけで、渡すのは”男だったら誰でもよかった”だけなんだからね!」
「え……!?」
そんな遥の言葉を聞き、しばらく喋ることも動くこともできなかった。
ゆっくりと俯き、この1ヶ月間のことが頭の中を駆け巡る。そして遥が発した言葉が僕の心をえぐった。
”男だったら誰でもよかった“
あぁ、なんだ……そうか……僕じゃなくてもよかったんだ。別に遥のそばにいるのは誰でも……あのチョコだって、遥が言った言葉のまま、誰でもよかったんだ。僕である必要なんてなんにも……。
クシャっと手元から音が鳴った。
持っていたプレゼントの包装紙が破ける音。
無意識に手に力が入った。
「そっか……そうだったんだ……ごめんね。こんなところにわざわざ呼び出して……チョコありがとう。改めてお礼の言葉が言いたかっただけなんだ」
強がってそんな嘘を言った。本当は手元にあるプレゼントを遥に渡したかった。
今日、本当に言うべきセリフは何度も何度も頭の中で復唱していたこと。
ずっと遥のことを……考えて……それで……。
「え……!?」
遥が驚いたような声を発したから、俯いていた顔を上げる。不安で心配そうな、そんな顔をしているように見えたのは一瞬、視界がボヤけた。
頬をツーッと伝い、涙が溢れていた。
「……ごめん、何でもないよ。今日は来てくれてありがとう。それじゃ……帰るね!」
勝手に思いあがって、必死になってたのが馬鹿みたいで……こんな情けない姿を見られるのが恥ずかしくて……僕は遥から逃げ出すようにその場を立ち去った。
僕は間接的にだけど、振られたんだ。ずっと想ってたけど、もう無理だろう。この想いは遥には届かない。
それどころか、きっと嫌われてたんじゃないだろうか。冷静に考えたらあんなことされてたんだよね。
どんどん遥への想いが砕け散っていく。負の感情が全身を巡っていく。心が壊れていく。
僕の遥への想いは、白紙になった。
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