第308話 黒竜

「ゴロロロロッ! 久シ振リノ人間界ダ、ウルリカ様トノ共闘ダ!」


 黒竜ドラルグ・ドラニアクロス、嵐を従え天を舞う。


「オオソウダ、我ガ弟子アグニスハ元気ニシテイルダロウカ? エンシェントドラゴンヲ目指シテ、日々ノ特訓ヲ続ケテイルダロウカ?」


 幾重にも折り重なる雷雲、縦横無尽に駆ける稲光、淀んだ夜空をかき回す竜巻。ドラルグの放つ強大な魔力は、一帯の天候を悉く支配する。


「グルルッ、閃イタゾ! オリヴィアトイウ少女ニ頼ンデ、巨大クッキーヲ焼イテモラオウ! ソシテウルリカ様ト一緒ニ食ベルノダ!」


 長い尻尾を左右にフリフリ、雷撃の篠を撒き散らす。巨大な翼を上下にパタパタ、大気の刃を巻き起こす。

 空に蔓延っていた魔物の群れは、超常の気象に揉まれて消滅。規格外の殲滅力は、天災と呼んで然るべきだ。


「ウルリカ様ヲ背ニ乗セテ、クッキーヲ食ベナガラ人間界ノ大空ヲ散歩──」


「「「「「「ギュエエエッ!」」」」」」


「──グルルッ?」


 いつの間にやらドラルグの前後左右、さらに上下を六羽の怪鳥が取り囲んでいる。邪神ガレウスの眷属であり、アンデット化して不死の身となった兇鳥ギュエールだ。


「ホホウ、我ノ雷デ消シ飛バヌトハ……時ニ、オ前達ハナンダ?」


「ギュギュギュッ!」


「ギュオオオン!」


「妙ダナ、何ヲ言ッテイルノヤラサッパリ分カラン」


「ギュアギュア!」


「ギュイイイッ!」


「ナルホド、オ前達ハアンデットノヨウダナ。ナラバ対話モ儘ナラヌカ、シテ……」


 包囲されているにもかかわらず、ドラルグは微塵も動じていない。どころかギラリと牙を剥き、どこか嬉しそうにしている。


「モシヤ我ヲ相手ニ空中戦ヲ挑ムツモリカ?」


「「「「「「ギュオッ!」」」」」」


「面白イ……イイダロウ、カカッテコイ!」


「「「「「「ギュエエエッ!」」」」」」


 ドラルグが応じるや否や、ギュエールは一斉に攻め掛かる。目にも留まらぬ高速の飛行、巨体からは想像もつかない敏捷性、常に死角を狙う精緻な連携、実に驚異的な空戦能力だ。


「グハハハハッ、遅イゾ!」


 対するドラルグはというと、数の不利を物ともせずギュエールの猛攻をいなしていた。瞬間移動と見紛う速度、変幻自在の曲芸飛行、まさに別次元の空戦能力である。


「マズハ一匹ダ、ゴロロロロッ!」


「ギョオオオォ!?」


 事もなげに攻撃をいなし、転じて雷の咆哮を発射。正面を飛んでいたギュエールを、極大の雷撃で吹き飛ばす。アンデット特有の不死性、そんなものはまるで問題にしない。


「ムムッ、我ハ気ヅイテシマッタゾ。派手ニ敵ヲ蹴散ラセバ、ウルリカ様ハ我ニ注目シテクレルハズ! ソウト決マレバ……グハハハハッ、次ハ二匹続ケテイクゾ!」


「「ギュエェ──!?」」


 攻めの手を緩めることなく、バチバチと派手に雷の戦斧を投擲。怯え慄く間すら与えずに、左右二羽のギュエールを同時に打ち落とす。


「グルルッ、我ナガラ目ヲ見張ル戦イップリダ! キット今ゴロウルリカ様ハ、我ノ勇姿ニ夢中ダロウ!」


「ギュオオオッ!」


「聞エテクルゾ、我ヲ称賛スルウルリカ様ノ声! 目ニ浮カブゾ、我ヲナデナデスルウルリカ様ノオ姿!」


「ギュアアアッ!?」


 背後から迫る四羽目を尾の一振りで、真上を飛ぶ五羽目を雷の放射で、それぞれを一撃で打ち沈める。

 それにしても先ほどから、頭の中はウルリカ様でいっぱい。死闘の最中だというのに、どうにもウルリカ様への愛は抑えられないよう。


「ギュギュエッ!?」


「サテ、最後ノ一匹ダナ……」


 残った六羽目に狙いを定め、バチバチと派手に雷を纏う。その燦爛とした眩さたるや、夜闇をさっぱり蹴散らすほど。ついには雷と完全に同化し、ピシャッと閃いた次の瞬間──。


「コレデ終イダ!」


「ギョ──」


 ──ゴロゴロと迸る、それは雷の速度による突撃。触れる一切を灰燼に帰す、圧倒的な破壊の一撃だ。

 回避や防御、反応すら儘ならぬまま、六羽目のギュエールは雷に飲まれて消え失せる。


「グルルルルッ……完璧ナ勝利ダ、コレデ……!」


 勝利の余韻で尻尾をフリフリ、上機嫌に翼をパタパタ。相も変わらずドラルグは、ウルリカ様のことばかり考えているようで。


「コレデキット、ウルリカ様ニ褒メテイタダケルゾ! ゴオオオオッ!」


 静まり返った夜の空に、歓喜の咆哮が響き渡るのだった。

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