第307話 炎帝

「アタイ参上ーっ!!」


 炎帝ミーア・ラグナクロス、燃え立つ舞台に躍り出る。

 盛る猛火に巨躯を装い、神器レーヴァテインを携え、威風堂々の仁王立ち。爛々と輝くその姿は、天の啓示を受けたかのように神々しい。


「よーし、思いっきり暴れちゃお……はダメだった、ちゃんと人間達を守りながら──」


「なっ、お前は!?」


「──うん?」


 クルリと振り返ってみれば ミーアと変わらぬ背丈の大男が身構えている。かつて南ディナール王国で激突した、その大男の名は──。


「ああ、えっと確か……まあいいや!」


「おいっ!?」


 ──その名は火の魔人アブドゥーラ、なのだがミーアは名前を思い出せず。「まあいいや」とぞんざいに諦め、赴くままに辺りをキョロキョロ。

 広がる火の海、燃える陸上艦ロイヤルエリッサ、殺到するガレウス邪教団の軍勢。一通り状況を確認すると、徐に神器レーヴァテインを一振り。


「そおおおぉれっ!」


 たった一振りで火の海は凪ぎ、ロイヤルエリッサの火災は鎮火する。炎帝の名を冠するだけあり、炎の制圧はお手の物である。


「まだまだ、いくよおぉ……爆熱っ!」


 再びレーヴァテインを一振り、制圧した炎を一気に解放する。圧倒的な火力と勢力、それでいて無差別に広がりはしない。ガレウス邪教団の軍勢だけを狙い、極めて精緻に燃え広がる。


「ふぅ、片づいた!」


「一瞬でガレウス様の軍勢を……名はミーアだったか、相変わらずの強さだな」


 規格外の力を目の当たりにするも、アブドゥーラは僅かも気圧されていない。むしろ闘志を増してすらいる、その証拠に纏う炎は旺盛そのもの。


「そっちは、その……ごめん忘れた、なんて名前だっけ?」


「俺の名はアブドゥーラ、火の魔人アブドゥーラだ!」


「そうそうアブドゥーラだったね、なんだかスッキリ」


 丁寧に教えてもらって、ようやくミーアはアブドゥーラの名を思い出す。上機嫌にレーヴァテインをクルクル、なんとも快活で奔放なものだ。


「それじゃ、スッキリしたところで……やる?」


「願ってもない、以前は手も足も出なかったが……だが今は違う!」


「ふーん?」


「ガレウス様のお力を授かった俺に負けはない!」


 巨人と魔人の大激突、その火蓋を切ったのはアブドゥーラだ。拳から極大の火球を放つ、もちろん一発だけではない。巨拳を突くこと数十、数百、放たれた火球は数知れず。


「アタイ相手に炎で戦いを挑むなんて無謀だよ!」


 降り注ぐ火球に対し、ミーアは軽やかにレーヴァテインを一振り。微かな火の粉すら残さず、全ての火球を薙ぎ払う。


「なんだと!?」


「アタイの神器レーヴァテインは、全ての炎を統べる神器。レーヴァテインを持つアタイには、どんな炎も通じないんだから!」


「くっ……いいだろう、ならば拳で沈めるまで!」


 炎は通用しないと悟るや、アブドゥーラはミーアに肉薄し、絶え間ない殴打の嵐を見舞う。

 一方のミーアは避けない、防がない、ただ突っ立っているばかり。


「ォオオオオオオッ!!」


「……」


「オオオオオッ!」


「……」


「オオオ……オォ……ッ」


「……あれ、もうお終い?」


 アブドゥーラの全身全霊、息を切らすほどの連続殴打を浴びながらミーアは平然としたまま。鼻血の一滴すら流していない、まるで何事もなかったかのよう。


「ぜぇ……ぜぇ……、バカな……っ」


「アタイ相手に力勝負は無謀だよ」


 レーヴァテインを地面に刺し、空になった両手は胴の横。腰を落として左足を前へ、膝を曲げて重心を乗せる。


「アタイは巨人族の中でも特別なの」


 右拳をグッと引き絞る、左拳は目線の高さ。メラメラと瞳を燃やし、眼前の敵に狙いを定める。


「膂力において並ぶ者なし……ただし、ウルリカ様を除いてね!」


 右足で強く地面を押し、同時に腰を回して半身を戻す。左拳を深く引き、右拳を真っ直ぐ前へ。


「いくよおおぉ……爆っ熱っ!!」


「ぐぉ──」


 アブドゥーラは咄嗟に両腕を交差させ、衝撃に備えて満身の力を籠める。しかしミーア会心の一撃は、とても防げるものではない。


「──っ!?」


「ふうっ!」


 アブドゥーラは空の彼方へ、遥か夜空の星となる。

 一人残ったミーアは、燃える拳を天高々。燦々と輝くその姿は、やはり天の啓示を受けたかのように神々しい。


「はいお終い、今回もアタイの勝ちーっ!」


 こうして、二度目となる炎帝と火の魔人の戦いは、炎帝の完全勝利で幕を閉じたのであった。

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