第260話 水着姿の魔王様

 ザナロワが敗北を喫していたころ、第二次防衛線の戦況は一変していた。

 アブドゥーラ率いるガレウス邪教団は壊滅寸前、アンデットと化した魔物は悉く焼き尽くされ、吸血鬼や悪魔は半数も残っていない。にもかかわらず邪教の軍勢は防壁の間近まで迫っていた、その最たる要因は──。


「ウゥオオオッ!」


 突如として激しさを増したアブドゥーラの猛進。青白い炎を全身に纏い、氷の魔法を付与された砲弾も意に介さない。


「フハハハハッ! これぞ俺の本気、最上位魔人の真なる力だ。お前達に戦力を減らされたからこそ、真の力を解き放てたのだ!」


 アブドゥーラの放つ熱気により、周囲一帯は灼熱の地獄と化している。敵味方の区別なく、諸共に焼き尽くすほどの熱気だ。多数の戦力を従えていては、どうあっても巻き込んでしまうだろう。だが今やガレウス邪教団の戦力は僅か、味方を巻き込む心配は少ないのだ。


「粉微塵にしてやろう、覚悟せよ!」


 ついにアブドゥーラは防壁まで到達、燃える巨腕を振りかぶる。如何に強固な防壁であろうと、今のアブドゥーラならば一撃で粉砕するだろう。

 もはや第二次防衛線の崩壊は免れない、と思われた刹那──。


「滅亡魔法、デモン・ホロウ!」


「なんだ──ぐおおおぉ!?」


 闇夜より飛来する、夜の闇より暗く深い魔力。アブドゥーラは巨腕を振りかぶった姿勢のまま、滅亡の星に飲み込まれる。真の力を発揮したとはいえ、無敵というわけではない。強大な魔力を真正面から受け、アブドゥーラは大きく押し戻される。


「ふむ、危ないところじゃったな」


「その声はウルウル、どうしてここへええぇ!?」


 防壁を守っていたアルフレッドは、夜空を見あげて大絶叫。空にはニッコリ笑顔のウルリカ様が、尊い水着姿で浮かんでいたのだ。

 日に焼けた健康的な肢体を惜しげもなく晒し、尊さ全開のウルリカ様。しかもアルフレッドはウルリカ様を真下から見あげている、尊すぎる光景を目にしていることだろう。その証拠にアルフレッドの鼻からは、滝のように鼻血がドバドバ。


「ぶふぅ……ウルウル、どうしてここに……?」


「お主達を助けにきたのじゃ」


 ウルリカ様はフワフワと降下し、足を揃えてアルフレッドの眼前に着地。可愛らしすぎるウルリカ様の水着姿に、アルフレッドの鼻血は勢いを増すばかりだ。


「ぶぶふっ……ならばウルウル、ここよりも他の場所へ向かってくれ。どこも厳しい状況のはずだ、ウルウルの力を貸しておくれ」


「安心するのじゃ、すでに妾の分身を各所に向かわせておるのじゃ」


「そ、それは助かる……」


「お主達もよく頑張ったのじゃ、ここからは妾に任せておくのじゃ」


「はぶふぅ!?」


 ウルリカ様はググッと手を伸ばし、アルフレッドの頭のナデナデ。ただでさえ興奮状態にあったアルフレッドは、炸裂する歓喜と興奮で気を失ってしまう。


「おや、なぜか倒れてしまったのじゃ。まあよいのじゃ、さて……」


 倒れたアルフレッドをその場に残し、ウルリカ様は再び空中へと躍り出る。可愛らしい姿とは対照的に、放つ威圧感は極めて強大だ。ユラリと魔力を揺らめかせながら、静かにアブドゥーラへと近づいていく。


「くっ……フハハハッ、今の俺に生半可な魔法攻撃は通じない!」


「滅亡魔法を凌ぐとは大したものじゃな」


「フンッ、計画の邪魔はさせんぞ!」


「妾と戦うつもりじゃな、よい覚悟なのじゃ。お主の覚悟に敬意を払い、妾も少し本気をおおおぉ!?」


 どうしたことかウルリカ様、ギュッと自分を抱き締め後退ってしまう。クネクネと身悶えして、見るからに苦しそうだ。


「むおおおっ、無駄に熱いのじゃ! ヒリヒリするのじゃ!」


 なんとアブドゥーラの熱気で、日焼け跡を刺激されてしまったのである。プルプルと小刻みに震えて、今にも泣き出してしまいそう。


「ふえぇ……ヒリヒリは嫌なのじゃ、これでは近づけないのじゃ……」


「フハハハハッ、先ほどまでの威勢はどうした?」


「仕方ないのじゃ、ここは誰かに任せるとしようかの。そうじゃな……ついでに一つ約束を果たそうかの」


「さては俺の炎に恐れをなしたか、ならば尻尾を撒いて逃げ──」


「時空間魔法なのじゃ!」


「──なんだとっ!?」


 闇夜を貫く光の柱、天地を揺るがす激しい衝撃。魔力は煌めく靄へと変化し、辺り一帯を覆いつくす。

 キラキラと霞む視界の中、メラメラ咲き誇る真紅の華。


「……あれ、ここは?」


「うむ、成功じゃな!」


「あっ、その声はウルリカ様!」


 魔界を統べる大公爵にして、炎を統べる最強の巨人。

 炎帝ミーア・ラグナクロス、爆炎とともに人間界へ降り立つ。

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