第259話 水着姿の勇者様

 颯爽と窮地に駆けつけた、水着姿のアンナマリア。なんとも可愛らしい姿だが、放つ威圧感は圧倒的だ。ビリビリと痺れるような殺気は、ザナロワですら息をのむほど。


「ここからは私が相手になるっす」


「教主アルテミアと出くわすなんて、運がないわね」


「ウルリカと出くわさなかっただけ、幸運だと思うべきっすよ」


 魔人と相対しているにもかかわらず、アンナマリアは余裕たっぷり。倒れたナターシャ抱き起こし、優しく治癒魔法を施す。


「うっ……アンナマリア様、どうしてここに……?」


「頑張る子供達を助けにきたっす、なんせ私は勇者っすからね!」


「ありがとうございます、助かりました……」


「さて、そろそろ動けそうっすね。それじゃ魔人の相手は私に任せて、皆は町へ急ぐっす」


「なっ、何を言うのですか!? アンナマリア様を残していくなど、出来るはずありません!」


 声をあげたのはシャルルである、顔色は真っ青を通り越して真っ白だ。何しろアンナマリアはアルテミア正教会の教主、信徒であるシャルルにとっては最も尊ぶべき存在なのである。


「まあまあシャルル君、ここは大人しく言うことを聞くっす」


「いけません、万が一おケガでもされたら──」


「教主である前に私は勇者っす、ケガが怖くて勇者は務まらないっすよ」


「……っ」


 シャルルは食い下がろうとするも、有無を言わせぬ迫力に口をつぐでしまう。実際問題としてザナロワは強い、下級クラスでは歯が立たないだろう。そのことはシャルルとて理解しているのだ。


「……分かりました」


「よろしいっす、それじゃ逃げ道を作るっす。神聖魔法、フォトンアンシャンテ!」


 光は収束しフワリと膨れあがる、まるで輝く大手毬の花だ。直後に全方位へと閃光を放ち、ザナロワの作り出した水壁を悉く吹き飛ばす。

 子供達は指示通り速やかに撤退、アンナマリアは一人ザナロワと相対する。ヨグソードはナターシャに持たせたまま、つまり丸腰だが大して気にはしていない。


「すんなり逃がしてくれたっすね、てっきり邪魔されるかと思ってたっす」


「邪魔なんてさせてくれないでしょう?」


「もちろんっす、何もさせないっすよ」


 ザナロワは勢いよく短鞭を振り回す、ビュンビュンと風を切る音、そしてザブザブと水の波打つ音。短鞭に打たれ追い立てられるように、水路という水路から水が溢れてくる。


「へえ、本気で私と戦うつもりっすか?」


「ここで退くわけにはいかないのよ……嘶け激流!」


 大きくうねりをあげ、全てを飲み込む破壊の奔流。鎧を纏った重装歩兵ですら、容易く押し潰してしまうだろう。だが勇者であるアンナマリアは、少々の水に潰されるほど脆くない。


「第六階梯! 激流魔法、タイダルウェイブ!」


「第五階梯! 神聖魔法、シャイニーギムレット!」


 ザナロワの魔法は第六階梯、対してアンナマリアの魔法は第五階梯。にもかかわらずザナロワの魔法は、呆気なく弾け消滅する。津波のような一撃だったが、僅かたりともアンナマリアに届いていない。


「くっ……膨大な魔力量で、階梯の差を覆すなんて」


「ほらほら、注意力散漫っすよー」


「なっ!?」


 気づけばアンナマリアはザナロワの背後へ、一瞬の間に時空間魔法で回り込んだのである。慌てて振り返ろうとするザナロワに、強烈な回し蹴りをお見舞い。残像を残すほどの回し蹴りだ、魔人といえども無事ではすまないだろう。


「があぁ……ふ、ふふ……」


「んん? 妙な感触っす、水風船を蹴ったみたいっす」


「ふふふっ、残念だったわね」


 ザナロワの脇腹は大きく抉り取られていた、どう見ても内臓まで吹き飛んでいる。しかし傷口から血や内臓は溢れていない、ただザバザバと水が溢れ出るのみ。


「面白いっす、体を水に変化させられるっすね。その能力で水路を通り、王宮に侵入したっすか?」


「その通りよ、それより気づいているかしら?」


「はて、何に気づけばいいっすかね?」


「私は水に変化することで、あらゆる攻撃を受け流せるの。つまり私に敗北はない、最初から勝負はついているのよ」


「そっすかー」


「ふんっ、いつまで余裕でいられるかしらね!」


 紛れもないザナロワの本気、自然災害にも匹敵する激しい猛攻。渦巻く激流、猛り狂う水の蛇、降り注ぐ氷塊。巻き込まれれば無事ではいられないだろう、だが──。


「そろそろ飽きてきたっすねー」


 アンナマリアは小気味よい足取りで、全ての攻撃を完璧に躱していた。嵐のような攻撃もなんのその、これでもかと格の違いを見せつける。


「信じられないわ、まったく通用しないなんて」


「さて、そろそろ終わりにするっすよ」


「っ!?」


 次の瞬間アンナマリアは、ザナロワの眼前でニッコリ微笑んでいた。指先に魔力を集め、パチンッと軽やかに弾く。


「第六階梯! 神聖魔法、プリズムサンクチュアリー!」


「なっ……ひゃああぁ!?」


 ザナロワを襲った魔法、それは輝く球形の牢獄。膨大な魔力で編み込まれた檻は、水の一滴たりとも漏らさない。つまり驚くべきことに、アンナマリアはザナロワを生け捕りにしてしまったのだ。


「うぅ、動けない……」


「大人しくしておかないと、プチッと潰しちゃうっすよ?」


「くっ……」


 まさに圧巻、異次元の強さ、これ以上ないほどの完璧な決着だ。

 アンナマリアは「ふぅ」と息をつき、徐に夜空を見あげる。向けられた視線の先、夜の闇に紛れ小さな影が飛び去っていくのだった。

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