第86話 罰

 闇夜を照らす、漆黒の炎。


 ウルリカ様の放った煉獄魔法は、悪魔も魔人も、ひとまとめに飲み込んでいく。

 吹きあがる炎はバラ園を包み、黒い火柱を夜空へと突き立てる。それはこの世のものとは思えない、恐ろしい光景だ。


「ズォ……オォォッ……」


 炎に飲まれた魔人バズウは、一瞬にして全身を焼き尽くされ、灰となって消滅してしまう。

 討伐難易度Aに相当する魔人でも、圧倒的な熱量と魔力を前には、跡形も残ることは出来ない。


 アルベンス伯爵もまた、魔人バズウと同様に、燃え盛る炎へと飲み込まれていく。

 一瞬なにか抵抗する素振りを見せたものの、ウルリカ様の煉獄魔法の前では、全ては無駄な抵抗なのである。


 ゴオゴオと音を立て、燃え続ける黒い火柱。渦巻く炎はバラ園をドロドロに溶かし、吹きあがる熱風は雲をかき消す。

 なにもかもを焼き尽くす煉獄魔法。そんな中ウルリカ様は、炎に包まれながら平然と魔力を放ち続ける。渦巻く炎も熱風も、ウルリカ様にとってはそよ風のようなものだ。


 ふいにウルリカ様は、手のひらを空へと向ける。すると、激しく燃え盛っていた炎は、ギュルギュルと勢いよくウルリカ様の手のひらに吸い込まれる。

 あれだけ激しく燃えていた炎は、あっという間にウルリカ様に握りつぶされてしまう。


 残ったのは、真っ黒に溶けたバラ園の残骸と。そして──。


「う……うぅ……」


 黒く溶けた地面の上で、モゾモゾとうごめくアルベンス伯爵。優雅だった面影は消え去り、ボロボロで瀕死の状態である。


「わ……我は……生きて……いるのか……」


「……」


「ハ……ハハッ……我は生き残ったぞ……」


「それは違うのじゃ……」


「な……なに……?」


「お主は生かされただけじゃ」


 黒く溶けたバラ園を、ウルリカ様はゆっくりと歩いていく。

 徐々に縮まる、ウルリカ様とアルベンス伯爵の距離。しかしアルベンス伯爵は、這って逃げることも出来ない。もはや指一本すらも動かせない状態なのだ。


「あのまま焼き尽くしてもよかったのじゃ……しかし、お主にはリヴィを傷つけた罰を受けてもらわねばならんからの……」


「あえて……殺さなかったということか……くそっ……」


 一時はウルリカ様の力に恐怖したにもかかわらず、アルベンス伯爵はウルリカ様に向けて殺気を放ち続けている。凄まじい執念と精神力である。


「おのれ……大悪魔たる我が……貴様のような小娘に生かされるなど……」


「妾からしてみれば、お主などただの小悪魔なのじゃ……」


「こっ……小悪魔だと……バカな……!?」


「ふむ……ならばお主には、本物の大悪魔の恐ろしさを教えてやるのじゃ」


 そう言うとウルリカ様は、静かに魔力を集中させていく。動けないアルベンス伯爵の周りに、大量の魔法陣が現れる。

 煉獄魔法の時とは比べ物にならない、強大すぎる魔力の波動に、アルベンス伯爵の顔色は真っ青だ。


「これはリヴィを傷つけた罰じゃ」


「まっ、待て! 止め──」


「──時空間魔法──!」


 ズズンッ!! と巨大な振動を残して、アルベンス伯爵は姿を消してしまう。

 月夜に照らされる中、静かに魔力を収めるウルリカ様。


「本物の大悪魔の恐ろしさを、身をもって味わってくるのじゃな……」


 こうして、魔王の怒りに触れた悪魔は、人間界から姿を消したのだった。

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