第87話 涙の再会

 魔王の怒りに触れた悪魔は、人間界から姿を消し、ウルリカ様だけをポツンと残して、バラ園は静寂に包まれる。


 月明りに照らされながら、一人静かに佇むウルリカ様。その耳に、聞き馴染みのある声が聞こえてくる。


「──リカ様──!」


「うむ?」


「ウルリカ様!」


「リヴィ!」


 声の主はオリヴィアだ。勢いよくウルリカ様の元へと駆け寄って来る。傷を負っていることも、すっかりと忘れてしまっているようだ。


「ウルリカ様―!!」


「リヴィー!!」


 二人はギュッと抱きしめあい、お互いの存在をしっかりと確認する。

 小さなウルリカ様を抱いて、ポロポロと涙を流すオリヴィア。ウルリカ様もわんわんと泣きながら、オリヴィアに力いっぱい抱きつく。


「リヴィなのじゃ! 妾のリヴィなのじゃ!」


「ウルリカ様……」


「寂しかったのじゃ! リヴィがおらんで、とても寂しかったのじゃ!!」


「うぅ……ゴメンなさい……ウルリカ様……」


 掠れるような小さな声で謝るオリヴィア。しかし──。


「いいや、許さんのじゃ!」


 謝られたウルリカ様は、ぷんっとそっぽを向いてしまう。

 ほっぺたをプクーッと膨らませて、もの凄くお怒りの様子だ。


「リヴィは妾の一番のお友達なのじゃ。だというのに、勝手に妾の元から去りおって!」


「あの……本当にゴメンなさい……」


「むうぅーっ! 許さんのじゃーっ!!」


 顔を赤くして、プンプンと怒るウルリカ様。タンタンと地面を踏み鳴らして、ブンブンと両腕を振り回して、なんとも手がつけられない。


「ほらウルリカ、ちょっと落ちついて!」


「むうぅ! むうぅーっ!」


 駆け寄ってきたシャルロットの手で、ウルリカ様はようやくオリヴィアから引き剥がされた。かと思いきや、小さく丸くなってスンスンと泣き出してしまう。

 そこへナターシャもやって来て、シャルロットと一緒にウルリカ様を撫でてあげる。静寂から一転して、バラ園は大騒ぎだ。


 そんな中、オリヴィアは再び、掠れるような小さな声をあげる。


「シャルロット様……サーシャ……心配をかけてゴメンなさ──」


「いいえ、許しませんわよ!」


「私だって許しません!」


「……えっ!?」


 シャルロットとナターシャまで、プンプンと怒り出してしまう。よく見ると二人の目には、ウルウルと涙が溜まっていた。


「突然友達がいなくなって……とても寂しかったですわ!」


「私だって寂しかったです! 心配だってしたんです!」


 いよいよ我慢出来なくなり、シャルロットとナターシャは、わんわんと泣き出してしまう。それを見たオリヴィアの目からも、大粒の涙がボロボロと溢れてくる。


「本当にゴメンなさい……もう二度と、友達の元から黙って去るようなことはしません……」


 膝をついて泣き崩れるオリヴィアを、シャルロットとナターシャは、左右からそっと抱き寄せる。


「私は……みなさんとお友達になれて、本当に幸せです……うぅ……」


「ワタクシだって……オリヴィアとお友達で幸せですわ……」


「私もです……だがらもう二度と、黙っていなくならないでくださいね……」


「はい──痛っ!?」


 抱きしめられた拍子に、オリヴィアは苦痛の声をあげる。

 声を聞き、慌てて離れるナターシャ。その手には、ベッタリとオリヴィアの血がついていた。


「ゴメンなさいリヴィ! 怪我をしていることを忘れていました!」


「ケガじゃと!?」


 ケガと聞いたウルリカ様は、泣くのを止めて素早く起きあがると、オリヴィアのケガを確認する。

 と同時に、ケガをしている箇所にそっと魔力を集中させていく。温かで柔らかい癒やしの魔力だ。


「デモヒールなのじゃ!」


 ウルリカ様の治癒魔法で、オリヴィアのケガはあっという間に治ってしまう。

 ケガの治ったオリヴィアは、しかしなにやら、慌てた様子で立ちあがる。


「忘れてました! 私よりも、叔父とカーミラちゃんの方が酷いケガなのです!」


 オリヴィアは顔を青くしながら、バラ園の外へと目を向ける。叔父とカーミラを寝かせてある場所だ。

 暗がりの中で、血まみれの叔父はぐったりと横になっている。残念ながら、もはや手遅れの状態か……と思いきや──。


「ぐうぅ……ぐうぅ……」


「あちらの方、いびきをかいていますわね……」


「血まみれなのに……丈夫な体なのですね……」


 どうやら叔父は、いびきをかいて寝ているだけのようだ。

 叔父の様子にホッとしたのもつかの間、オリヴィアはハッとして、カーミラの元へと駆け寄る。


「カーミラちゃん! カーミラちゃん!!」


 オリヴィアに抱きあげられたカーミラは、ゆっくりと浅い呼吸を繰り返すだけだ。伯爵の魔力でズタボロにされ、見ているだけで痛々しい。


「カーミラちゃんって、この猫のことですか?」


「はい……お屋敷にいる間に、お友達になったのです……」


「可愛い猫ちゃんですわね、でも……」


「うむ、命が尽きようとしておるのじゃ……」


「すぐに私の治癒魔法で回復させます! えっと……杖は……」


「待つのじゃリヴィ」


 治癒魔力をかけようとするオリヴィアから、ウルリカ様はカーミラを取りあげる。


「ふむ……この猫からは、悪魔と吸血鬼の匂いがするのじゃ」


「そういえば伯爵は、『悪魔と吸血鬼の血を移植した、実験動物』だと言っていました──」


「吸血鬼の血も交じっておるなら、治癒魔法は使えんのじゃ」


「そんなっ……!」


 吸血鬼に対して、治癒魔法は逆効果に働く。そのことを思い出して、オリヴィアの表情は絶望でいっぱいだ。

 そんなオリヴィアに、ウルリカ様は静かに問いかける。


「リヴィはこの猫を助けたいのじゃな?」


「はい……友達ですから……」


「妾なら、この猫を助けることも出来るのじゃ」


「ほっ、本当ですか!?」


 コクリとうなずくウルリカ様。そして「ただし条件があるのじゃ」と話を続ける。


「この猫を助けたいのならば、ここで誓うのじゃ。もう二度と、友達の元を勝手に離れてはならんのじゃ」


「はい、もちろんです!」


「この猫も、妾達も友達じゃからな!!」


「友達です!」


 力いっぱいにうなずいて、誓いを立てるオリヴィア。その姿を見て、満足そうにニッコリと笑ったウルリカ様は。


「さて……」


 小さくつぶやくと、カーミラをそっと抱き寄せる。


 そして──。

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