第85話 煉獄魔法

 魔王の怒りに、世界は揺れる。

 空は暗雲に覆われ、地は震え悲鳴をあげる。


「ウ……ウルリカ様……?」


 カーミラを抱えたまま、倒れて動けないオリヴィア。そこへ、生き残っていた数体のインプが襲いかかる──。


「「「ギイィッ!」」」


「させません! やぁっ!」


 間一髪、夜の闇にきらめく白銀の剣。そしてバッサリと切り裂かれるインプ。

 オリヴィアの窮地に駆けつけたのは、ヨグソードを構えたナターシャだ。

 ナターシャから少し遅れて、シャルロットもオリヴィアを助けに現れる。


「オリヴィア! 助けに来ましたわよ!」


「サーシャ……シャルロット様も……」


 戦いをナターシャに任せて、シャルロットはオリヴィアを助け起こそうとする。しかし、インプとの戦いでフラフラなオリヴィアは、なかなか立ちあがることが出来ない。


「頑張ってオリヴィア、早くここから離れますわよ!」


「え……?」


「出来るだけウルリカから離れた方がいいですわ。オリヴィアの危機を知って、怒り心頭ですのよ」


「あ……だったら叔父も……」


 フラフラと立ちあがりながら、オリヴィアは叔父の方を指差す。ボロボロで倒れている叔父は、しかしどうやら、まだ息をしているようだ。

 そこへちょうど、インプを片づけたナターシャも合流する。


「分かりました、あちらの方は私に任せてください!」


「でしたらワタクシは、オリヴィアを連れて先に退避しますわね!」


 素早く役割分担をして、シャルロットはオリヴィアを、ナターシャは叔父をバラ園から連れ出す。

 それを快く思わないのはアルベンス伯爵だ。バラ園から逃げていく四人を、殺気のこもった視線で睨みつける。


「ちぃっ、逃がすわけには──」


「どこを見ておるのじゃ……?」


「──っ!!」


 慌てて振り返るアルベンス伯爵。振り返った理由は、声をかけられたからではない。

 ウルリカ様の発する、強大な魔力と殺気に反応したのだ。


「なんという凄まじい魔力……貴様は何者だ?」


「妾はウルリカじゃ。生贄にされようとしていたリヴィの友達なのじゃ……」


「友達だと?」


「そうじゃ……」


「なるほど、友達を助けに来たというわけか、ずいぶん友達思いなことだな。しかし残念だったな、貴様は友達を助けることは出来ない!」


 怒れるウルリカ様を前にしても、アルベンス伯爵は怯まない。強力な魔力を操り、空中に魔法陣を描いていく。


「確かに貴様の魔力は強大だ。しかし、我の魔力はさらに上をゆく!」


 そして再び空中に現れる、巨大な魔法陣。


「──召喚魔法、サモンゲート──!」


 インプを召喚した時とは、比べ物にならない魔力を放つ魔法陣。バラ園へと滴り落ちる、巨大な黒い魔力の塊。


「ズオォ……」


 現れたのは、獅子の頭に鷲の足を持つ、巨大な怪物だ。


「どうだ、恐ろしかろう? 我の使役する最強の悪魔、その名も“魔人バズウ”だ! 討伐難易度Aに相当する本物の化け物だぞ!!」


「ズオォォッ!!」


 背中に生えた四枚の翼を羽ばたかせ、魔人バズウは強力な暴風を巻きおこす。


「これで終わりではないぞ!」


 さらにアルベンス伯爵は、空中に魔力を集中さていく。集まった魔力は熱を帯び、紫色の炎へと姿を変える。ドロドロに地面を溶かすほどの、超高温の悪魔の炎だ。


「──紫炎魔法、デスフレア──!」


 アルベンス伯爵の手を離れ、炎は一直線にウルリカ様へと襲いかかる。魔神バズウの発生させた暴風とあわさり、巨大な紫色の炎の渦を作り出す。


「これこそ我の真の力だ! 貴様ごとき塵も残らんぞ!!」


「ズオオォォッ!!」


 バラの生け垣を飲み込みながら、ウルリカ様へと迫る炎の渦。しかしウルリカ様は、じっと立ったままピクリとも動かない。


「フハハハッ! 暗黒の炎に飲まれて死ねぇっ!!」


 そして、炎の渦に飲まれようかという、まさにその瞬間──。


「……ゴチャゴチャとうるさいのじゃ……」


 小さく呟くウルリカ様。

 と同時に、身を屈めグルリと体を回転させる。もはや目で追うことすら出来ない、超高速の回し蹴りである。


 ウルリカ様の放った回し蹴りは、バラ園のバラ全てを散らせてしまう程の威力だ。

 アルベンス伯爵の炎など火の粉のように吹き消されて、跡形も残りはしない。


「……は?」


「ズォ……」


 渾身の一撃をあっさり吹き消されるという、あまりにも信じ難い光景を前にして、アルベンス伯爵も魔神バズウも完全に動きを止めてしまう。

 静まり返ったバラ園に、ウルリカ様の声が重く響き渡る。


「リヴィを酷い目にあわせたお主を、妾は絶対に許さんのじゃ……」


「な……バカな……!?」


 ようやく我に返るアルベンス伯爵。魔人バズウは、ウルリカ様の底知れない力に身をこわばらせて動けない。


「暗黒の炎と言っておったな……ならばお主には、本物の“暗黒の炎”を見せてやるのじゃ……」


「ひぃっ!?」


 ようやくアルベンス伯爵も、ウルリカ様の力に恐怖を感じる。

 しかし、時すでに遅く──。


「──煉獄魔法、デモン・ゲヘナ──!」


 放たれた漆黒の炎は、悪魔も魔人も、全てを飲み込む。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る