第67話 コツーンッ!!
パラテノ森林の奥の奥。
木々の暗がりの中を、一人の男が歩いている。
「今頃ロームルス学園は、魔物の襲撃を受けているはず……魔物によるロムルス王国の襲撃計画は大成功だ……」
ブツブツと独り言を呟く、怪しい雰囲気の男。
全身を真っ黒なローブで覆ったこの男こそ、商人ザンガに魔物を用意させた、魔物襲撃事件の黒幕である。
「クックック……例の薬の効果も試せた……あれほど凶暴化した魔物ならば、人間共を皆殺しに出来るかもしれん……」
不気味な笑い声をあげ、男は森の奥へと進んでいく。
「特にあのオニマルは恐るべき魔物だった、王国聖騎士にも後れはとるまい。これでロムルス王国は甚大な被害を受けるはずだ……」
男は被っていたフードを脱ぎ、ニヤリと笑みを浮かべる。
薄暗い森の中で、青白い肌と銀色の髪が怪しく光る。
「さて、あのお方へ報告をせねば。これだけの成果をあげたのだ、きっとお誉めいただけるはず……ん?」
ふと男は足を止める、着ていたローブを後ろから引っ張られたのだ。
木の枝にでも引っかけたかと思い、男は鬱陶しそうに後ろを振り向く。しかし男の目に映ったのは、木の枝などではなかった。
闇の中から不気味に伸びる、ローブを掴む白い手である。
ギョッと驚く男の耳に、可愛らしい声が聞こえてくる。
「どこへ行くのじゃ?」
「なんだ!? 一体誰だ!」
驚く男の目の前で、声の主はゆっくりと姿を現す。
目をキッと尖らせて、怒りの表情を浮かべたウルリカ様だ。
「お主は吸血鬼じゃな……どうやら黒幕はお主じゃな……」
見た目は可愛らしい少女でしかないウルリカ様。しかし、その姿を目にした瞬間、男の背筋にかつてない悪寒が走っていた。
目の前の少女は異質な存在であると、本能が告げているのである。
「くぅっ、魔爪!」
男は反射的に、ウルリカ様へと片手を振り下ろす。魔爪による黒い魔力の斬撃だ。
一方のウルリカ様は、ローブを掴んだまま避けることすらしない。迫りくる黒い爪を、ただただじっと眺めている。
「死ねぇっ!!」
無防備なウルリカ様の首筋に、魔爪の一撃が振り下ろされる。
「ぎゃぁっ!?」
そして悲鳴をあげる男。ウルリカ様を攻撃した直後、片手をおさえてゴロゴロと地面に倒れこむ。
よく見ると男の手は、手首から指先にかけてボロボロと崩れていく。
ウルリカ様の魔力に触れ、一瞬で手首まで崩壊してしまったのだ。
「がぁっ……バカな……」
慌てて立ちあがる男に、ウルリカ様はゆっくりと話しかける。
「……お主の起こした騒動のせいで……妾は学校に行けなかったのじゃ……」
「は……? 学校……?」
言葉の意味を理解出来ず、男はよけいに慌てふためく。
その間も、ゴゴゴッ……と怒りの熱をあげていくウルリカ様。
「許さんのじゃ……お仕置きなのじゃ!」
ピョンと飛びあがるウルリカ様。
そして──。
「それっ、コツンッ!」
「ぐはぁっ!?」
男の脳天に、ウルリカ様の“コツンッ”が炸裂する。
凄まじい衝撃を受け、地面を跳ね回る哀れな男。
「コツンッ! コツンッ!」
「ぐぎゃっ! ぐぎゃあぁぁっ!?」
ウルリカ様の連続“コツンッ”を食らい、男は血まみれで地面を転がり続ける。
朦朧とする意識の中、ほうほうの体で逃げようとする。しかし、怒ったウルリカ様からは逃げられるはずもない。
「逃がさんのじゃ! コツンッ!!」
「うぎゃあぁぁっ!?」
背後からの強烈な“コツンッ”を食らった男は、木をなぎ倒して吹き飛んでいく。
フラフラと起きあがる男、目の前には仁王立ちするウルリカ様。立っているのは可愛らしい一人の少女だ。しかし男の目には、もはや恐怖の存在にしか映らない。
「ひぃ……ひぃ……待ってくれ……止めてくれ…」
「却下なのじゃ……妾は怒っておるのじゃ……」
「分かった! 金ならいくらでも払う! あのお方にも紹介してやろう! そうすればお前も、新たな世界で素晴らしい地位を──」
「うるさいのじゃ! 最後に一発じゃ!!」
「ひいぃぃっ!? 待って! 許して──」
「コツーンッ!!」
「あぎゃあぁぁっー!?」
振り下ろされる、恐怖の“コツーンッ”。
深い深い森の中に、哀れな男の悲鳴がこだまするのだった。
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