第66話 鬼の太刀

「ではジュウベエ、あとは任せたのじゃ!」


 そう言うとウルリカ様は、森の暗がりへと消えていく。

 主ウルリカ様の命を受け、残されたジュウベエはゆっくりと腰の刀を抜き放つ。人の背丈ほどもある長大な刀だ。


「承知しました、ウルリカ様!」


 静まり返る森の中、ジュウベエとオニマルは刀を構え対峙する。

 互いの殺気がぶつかりあい、息をするのも苦しく感じるほどの緊張感。

 そんな中、先に動いたのはオニマルだ。


「コロスッ……!」


 刀を振るいながら、一足飛びでジュウベエとの距離を詰める。ウルリカ様の滅亡魔法で満身創痍にもかかわらず、その動きは鋭さに満ちている。

 一瞬でジュウベエの目の前まで移動すると、勢いの乗った斜め上段の斬撃をくり出す。


「くるか……では、ジュウベエ・ヤツセ、参る!」


 オニマルの渾身の一振りに対して、ジュウベエの一振りは片手での雑に斬り返しだ。

 全力で放たれた一振りと、片手で放たれた雑な一振り。しかし弾かれたのは、オニマルの放った全力の一振りである。

 体勢を崩されるオニマル。一方のジュウベエは、大刀を構えたままビクともしていない。


「キル……! キル……!」


 すぐに体勢を立て直したオニマルは、立て続けにジュウベエへと斬りかかっていく。

 火花が散る程の連続攻撃。しかしジュウベエは、全ての攻撃を片手のみで簡単にあしらってしまう。


「キルッ!!」


 より一層深い踏み込みからの、中断横なぎの一撃。凄まじい衝撃波で、周囲の大木は真っ二つに斬り裂かれる。しかしその一撃すらも、ジュウベエは正面からあっさりと受けきってしまう。

 ギチギチと音を立て、刃と刃を押しつけあう両者。ジュウベエは「ふんっ」と息を吐き、強引につばぜり合いを押し返す。


「剣豪と聞いて期待していたのだが、その程度の実力か?」


「オニ……ニ……ナル……」


「鬼か……鬼を名乗るには、お前はあまりにも貧弱だ」


「コロスッ!!」


 さらに殺気を増したオニマルは、目にも止まらぬ速度でジュウベエへと斬りかかる。対するジュウベエは、どういうわけか大刀を鞘に納めてしまう。

 だらりと両腕を下げ、静かに佇むジュウベエ。オニマルの刃が目前まで迫ったその時、大刀の柄に手をかける。


 腰を落とし、大刀を引き抜き、弧を描くように刃を振るう。

 美しく、そしてあまりにも速すぎる居合いの一撃に、オニマルは反応すら出来ない。


「カァッ……!?」


 キンッと音を立て、鞘へと納まるジュウベエの大刀。

 そして宙を舞うオニマルの右腕。


 ジュウベエの放った居合斬りは、見事オニマルの右腕を斬り飛ばしたのだ。

 大きく体勢を崩されながら、それでもオニマルは残った左腕で強引に刀を振りかぶる。


「ウオォ……ワレ……オニマル……!」


 振りあげられた刀には、赤い魔力がまとわりついている。オニマルの魂そのものを具現化したかのような、禍々しい魔力だ。

 強烈な殺気を放つ赤い刀を、満面の笑みで見つめるジュウベエ。


「まだ闘志を失わないか、天晴れだ!」


 先ほどよりも深く腰を落とし、目を閉じて意識を集中する。シンッと音の消え去る中、ジュウベエの声が静かに響き渡る。


「では、そろそろ楽にしてやるか……」


 次の瞬間、濃密な殺気が周囲に満ち溢れる。

 強大すぎるジュウベエの殺気を浴びて、木々は悲鳴をあげ、暗雲は渦巻き、大地には亀裂が走る。


「天晴れなお前に……本物の鬼の力を見せてやろう……」


 カッと目を見開き、柄に手をかけ、片足を引き、刃を抜く。

 瞬きほどの間に行われる、神業的な居合いの動き。


 そして──。


「──鬼の太刀、羅刹らせつ──!!」


 世界に走る、縦の一線。

 雲は割れ、大地は裂け、森の端にまで斬撃が走り抜ける。

 刀一振りの威力とは到底思えない、天変地異のような現象だ。


「──カッ!?」


 ジュウベエの放った居合いの一撃で、真っ二つに斬り裂かれるオニマル。

 切り口から吹き出してくる、血のように赤黒い魔力。その濃密な魔力のしぶきを、ジュウベエは無造作に掴みとってしまう。


「では最期に、お前の望みをかなえてやろう」


 大きく開かれたジュウベエの口から、ズラリと牙が顔を覗かせる。一本一本がまるで刃のような、鋭く恐ろしい牙だ。


「鬼になりたいのだろう? ならば俺の中で、鬼の魂として永遠に生き続けろ」


 そう言うとジュウベエは、掴んでいたオニマルの魔力にガブリと食らいつく。

 オニマルの魂そのものを食べているような、おぞましい鬼の所業である。そして、オニマルの望みを叶えるための、ジュウベエなりの優しさに満ちた所業である。


「オ……オォ……オニ……ニ……」


 最期に小さな声をあげ、オニマルの魔力はジュウベエの口へと吸い込まれていく。

 残った鎧は音を立てて崩れ、ザンガの体は灰となって散っていく。


「オニマルよ、よい戦いであった」


 両の手をあわせるジュウベエ。


 こうして、赤い鎧の魔物は、本物の鬼の魂と同化し消え去った。


 そしてパラテノ森林の戦いも、静かに終わりをむかえる。

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