第65話 本物の鬼

 発動する時空間魔法。

 現れる大量の魔法陣。


 重なりあう魔法陣は、光の柱となって周囲を眩く照らす。


 ──ズズンッ!!──。


「きゃあぁぁっ、なんですの!?」


 光の柱を中心に激震が走る。

 パラテノ森林全域を震わせる、激しい衝撃だ。


 薄れていく光の柱。舞いあがる土埃。

 その中を、ゆっくりと黒い影が立ちあがる。


「む……ここは?」


「うまく呼び出せたようじゃな!」


「その声! まさかウルリカ様!!」


 特徴的な黒い瞳と髪。

 そして、額から伸びる二本の角。


「うむ! 久しぶりじゃな、ジュウベエよ!」


 彼こそ、魔界を統べる大公爵の一人。

 “悪鬼”ジュウベエ・ヤツセである。


「ここは人間界か? ウルリカ様、俺を人間界に召喚してくれたのか!!」


「うむ! その通りじゃ!」


 「おぉ!」と声を漏らし、感動に打ち震えるジュウベエ。


「もしかして! 俺に会いたくなって、それで召喚してくれたのか!!」


「うむ! それは違うのじゃ!」


 「おぉ……」と声を漏らし、ズーンッと落ち込んでしまうジュウベエ。

 ウルリカ様はピョンと飛びあがり、ジュウベエの頭をポンポンと撫でてあげる。


 和やかな雰囲気のウルリカ様とジュウベエ。

 そんな二人とは正反対に、エリザベスは顔を真っ青にしている。


「なんだ……この生き物は……こんな生き物が……この世に存在していいのか……」


 ジュウベエの発する強大な気配に気圧されてるのだ。

 オニマルも刀を構えたまま、じっと動けずにいる。


「それでウルリカ様、どうして俺を呼んでくれたのです?」


「ほれ、あれじゃ」


 ウルリカ様はオニマルを指差す。


「あれは?」


「オニマルという魔物なのじゃ」


「オニマルですか……まるで鬼のような魔物ですね」


 スッと目を細めるジュウベエ。

 たったそれだけで威圧感は何倍にも膨れあがり、オニマルの体をビクリと震わせる。


「どうやらオニマルは本物の鬼になりたいようなのじゃ、しかし妾では鬼にはしてやれんのじゃ」


「なるほど、それで本物の鬼である俺の出番というわけですね」


「そういうことじゃな!」


 ウルリカ様は大きく頷く。


「それともう一つ、ジュウベエを呼んだ理由があるのじゃ」


 「もう一つ?」と首をかしげるジュウベエ。


「オニマルは剣豪の魔物なのじゃ……ジュウベエの大好物じゃろう?」


 剣豪と聞き、ジュウベエはニヤリと笑う。


「剣豪……クククッ、大好物です……!」


「うむ! ではオニマルはジュウベエに任せるのじゃ」


 そう言うとウルリカ様は、森の奥へと視線を移す。

 ジュウベエの肩をポンと叩いて、スタスタと歩き出してしまう。


「なにやら苦しんでおるようじゃからな、早めに楽にしてやるのじゃぞ」


「ウルリカ様? どちらに行かれるので?」


「うむ、妾は別の用事じゃ」


 体を霧に変化させるウルリカ様。

 森の暗がりと混じりあい、闇へと溶ける霧の体。


「ジュウベエよ、鬼になりたいオニマルに、本物の鬼の力を見せてやるのじゃ!」


「クククッ……承知しました!!」


 嬉々として返事をしたジュウベエは、そっと腰の刀へ手をかける。


「では……いざ!」


 そして、本物の鬼がその刃を抜く。

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