第68話 勝利の女神

 ウルリカ様の恐怖の“コツーンッ!!”が炸裂した頃。

 ロームルス学園の校庭は、大混乱に陥っていた。


「聖女様、こっちを癒してくれ! 腕が折れてしまっているんだ!」


「骨折くらい放っておけ、こっちは内臓を痛めているかもしれないんだぞ! 聖女様のお力が必要だ!」


「こちらの方が聖女様を必要としているわ! 酷い火傷なのよ!」


「デモヒール! デモヒール! 少し待ってください~」


 そこら中で騒ぐケガ人に、オリヴィアは必死で治癒魔法をかけて回っている。

 サラマンダーを撃退したあと、遅れてやってきたオリヴィア。その姿を見たケガ人達から、一斉に治癒魔法を求められているのだ。

 “癒しの聖女”の名前に加えて、ノイマン学長を治療した実績も重なり、ケガ人達から大人気のオリヴィアなのである。


「デモヒール! デモヒール! ひぃ……ひぃ……全然追いつきません~」


 一人で走り回るオリヴィアを、下級クラスの仲間達は心配そうに見つめている。


「見ていられません! 私達もリヴィのお手伝いをしましょう!」


「しかし、自分達は治癒魔法を使えない! せいぜい包帯を巻くくらいしか出来ない……無力!」


「ではボク達でケガ人の状況を確認して、本当に治癒魔法を必要としている方にオリヴィアさんを誘導しましょう。そうすればオリヴィアさんの負担を、少しは減らせるかもしれません」


「それです! 流石ヘンリーさんです! 早速ケガ人を確認して回りましょう!」


 オリヴィアを手助けするため、動きだす下級クラスの仲間達。

 そんな中、一人じっと考え込んでいたベッポは、なにかを閃いたようにポンッと手を叩く。


「そうだ! うちの商会で扱っている回復薬を使おう! 臭すぎてまったく売れなかった、その名も“臭いの国の回復薬”。もの凄い効果なんだよ!!」


「「「「「止めてくれぇ!!」」」」」


 ベッポの提案を聞いた全ケガ人から、一斉に制止の声があがる。と同時に、オリヴィアを呼ぶ声はピタリと鳴りやむ。

 そしてケガ人達は、自力で立ちあがるとゾロゾロと校舎の方へ歩いていく。中には逃げるように走っていく者までいる始末だ。

 ベッポの商会の臭い商品、恐るべしである。


 その時、パラテノ森林の方でにわかに騒ぎが起こる。


「エリザベス様だ! エリザベス様が戻ってきたぞ!」


「シャルロット様も無事だわ! よかったわ!」


「全員無事か……いや待て、なんだあの大男は!?」


 森から姿を現したのは、シャルロットとエリザベス。そして、スカーレットとカイウスを抱えたジュウベエだ。

 聖騎士二人を軽々と抱える、角の生えた大男のジュウベエ。その姿を見て、人々は恐怖に騒ぎ立つ。


「魔物……いや、化け物だ! 化け物が出たぞ!!」


「スカーレット様とカイウス様を人質にとっているのか? なんて卑劣なんだ!」


「落ちついてくださいですわ! 彼は大丈夫ですのよ!」


 シャルロットは慌てて混乱を収めようとする。

 しかし、一度沸き起こった混乱は、瞬く間に広がってしまう。


「エリザベス様とシャルロット様を助け出さなければ!」


「卑劣な化け物め! 二人から手を放せ!!」


「冷静になって! とにかく話を──」


 必死に説明をしようとするシャルロット、その時──。


「静まれええぇぇっ!!」


 全ての声をかき消す、エリザベスの超大声量。

 あまりの声量に、空気はビリビリと振動し、木々はザワザワと揺れ動く。騒いでいた人々は、一瞬にしてシンと静まり返る。


「ふぅっ、収まったぞシャルロット」


「あ……ありがとうですわ……お姉様」


 凄まじすぎる姉の迫力に、冷汗を流すシャルロット。

 「コホン」と咳払いをして気持ちを切り替えると、人々へと語りかける。


「みなさん、聞いてくださいですの! こちらのお方に危険はございませんわ!」


 シャルロットの話にあわせて、エリザベスは森での出来事を説明する。


「シャルロットの言う通りだ! 森の中で窮地に陥っていた私達は、こちらの御仁に助けられたのだ。こちらの御仁は、私達の命の恩人だ!」


「ですからみなさん、落ちついて。どうか安心してくださいですの!」


 二人の王女の話に、人々は一心に耳を傾ける。


「ロームルス学園を襲った魔物は、ここにいる全員で撃退しましたわ! そして、パラテノ森林から魔物が襲ってくることもありません!」


「森にいた魔物は、こちらの御仁と私達で全て討伐した!」


「つまり、ワタクシ達の勝利ですのよ! だからみなさん──」


「「「「「うおおぉぉっ!!」」」」」


 シャルロットの言葉を待たずに、人々は一斉に歓喜の声をあげる。その声は校舎を超えて、王都ロームルスの町まで聞こえるほどだ。


「勝った! 俺達は勝ったんだ!!」


「やったわ! 私達の勝利よ!」


 騎士団の者も、学園の者も、もはや区別なく抱きあって喜んでいる。そして全員が、勝利をもたらしたシャルロットへと視線を送る。


「この勝利はシャルロット様のおかげだ! 流石は太陽の天使様だ!!」


「いいえ、きっとシャルロット様は女神様……勝利の女神様なのよ!」


「いえっ、ワタクシは女神ではなく──」


 シャルロットは慌てて否定をしようとする。

 しかし、一度沸き起こった歓喜の波は、瞬く間に広がってしまう。


「女神様だ! 勝利の女神様だ!!」


「シャルロット様こそ、ロムルス王国の誇る勝利の女神様だわ!!」


「シャルロット様! 勝利の女神様! ばんざーい!!」


 戦いのあとでボロボロにもかかわらず、大盛りあがりする人々。中には、ケガを負った足で走り回る者や、傷だらけの腕を振りあげている者までいる。


「「「「「女神様! 女神様! 女神様!!」」」」」

 こうして、太陽の天使と呼ばれていた少女は、勝利の女神様とも呼ばれるようになったのだった。

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