第41話 嘆きの魔王様

「ウルリカ様あぁっ!」


 扉を開けて、勢いよく飛び込んでくるノイマン学長。

 クルクルと宙を舞い、見事な姿勢でウルリカ様の前に着地する。


「ウルリカ様! 申し訳ございません!!」


「ノイマン!」


「この度のこと、心よりお詫びを──」


「どういうことじゃ~っ! なぜ授業は中止なのじゃ~っ!!」


 ウルリカ様に掴まれて、ノイマン学長はブンブンと振り回されてしまう。


「ひいぃ~! お放しくだされぇ~!?」


「ちゃんと説明するのじゃ! さもなくば世界を滅亡して──」


「ウルリカ様、手を放してください! ノイマン学長が死んでしまいますよ!!」


「む……むうぅ」


 オリヴィアに宥められて、ウルリカ様はようやく大人しくなる。

 しかし、ほっぺたを膨らませて非常にお怒りだ。


「ぜぇ……ぜぇ……危うく黄泉の国へと旅立ってしまうところでしたな……」


「大丈夫ですの? ナターシャ、そちら側から支えてあげて」


「はい!」


 ウルリカ様に振り回されて、フラフラなノイマン学長。

 シャルロットとナターシャに支えられ、なんとか立ちあがる。


「ふぅ……すまんのう……」


「いえ、それよりもノイマン学長にお聞きしたいことがありますの」


「分かっております、きちんと説明しますでな」


 呼吸を落ちつけたノイマン学長は、七人を椅子に座らせる。

 ちょうど授業風景のように、ノイマン学長だけ立っている状態だ。


「さて、突然こんなところに連れて来られて、さぞ戸惑っていることでしょうな」


「戸惑うどころではないのじゃ! 授業は中止と言われたのじゃぞ! 先生もおらんと言われたのじゃぞ! そして教室はここじゃと? これは全て事実なのか!?」


「ひぃっ!? そそ、その件は……残念ながら全て事実なのですな」


 ノイマン学長は震える声で説明をする。


「理由は二点ありましてな。まず一点目は教師の不足ですな。例の吸血鬼事件、犯人も被害者も学園の教師だったのですぞ。そのため一時的に教師が足りていないのですな」


「なるほどですわ、下級クラスに教師をつけられない理由ですわね」


「ぬうぅ……おのれぇ……吸血鬼めぇ……」


「吸血鬼めって……ウルリカさんも吸血鬼なのに……」


 恨めしそうな顔をするウルリカ様。

 そんなウルリカ様に、ナターシャは呆れた声を漏らしている。


「二点目の理由はなんですの?」


「二点目はかなり大きな理由なのですな。実は下級クラスの使う予定だった校舎が、倒壊してしまったのですな」


「倒壊ですの!? なぜそんなことに……?」


「吸血鬼事件の翌日、下級クラスの校舎に大きな穴が空いていたのですな」


「穴? どうして穴なんて……」


「みなさんと吸血鬼による戦闘の余波ではないですかな? 外壁から校庭、そして下級クラスの校舎まで、円形にごっそりと抉りとられていたのですな」


「ぬうぅ……許せんのじゃ……吸血鬼めぇ……」


 ますます恨めしそうな顔をするウルリカ様。

 しかし、シャルロット、オリヴィア、ナターシャの三人は「あれ?」と首をかしげてしまう。


「それって……もしかしてウルリカさんの仕業なのでは?」


「うむ……うむ?」


「あの時のウルリカさんの魔法、外壁を破壊して校舎の方に飛んでいきませんでしたか?」


「外壁から校舎まで、円形に抉りとられていたのよね? ウルリカの魔法は黒くて丸かったですわよ……」


「ウルリカ様……まさか……」


 シンと静まり返る小屋の中。

 そしてウルリカ様は、立ちあがって大きく叫ぶ。


「妾の滅亡魔法か!?」


「はい……ウルリカさんの魔法だと思います……」


「ですわね……他に原因は思いつきませんもの……」


「ウルリカ様……自分で自分の通う校舎を、破壊してしまったのですね……」


「そんな……犯人は妾じゃったか……」


 ウルリカ様はガーンッと崩れ落ちてしまう。

 落ち込むウルリカ様を見て、シャルロットはノイマン学長に質問をする。


「ノイマン学長、この状況はなんとか出来ませんの? 空き教室を使わせていただくとか、臨時で教師を立てていただくとか……」


 しかしノイマン学長は、悲しそうに首を横に振る。


「残念ながら、今回の決定は職員会と生徒会の総意でしてな。すでに決定は下されしまっているのですぞ」


「どうしてそんな決定を? ウルリカさんが校舎を壊しちゃったからですか?」


「そうではないのですな。下級クラスであるシャルロット王女殿下に吸血鬼事件を解決されてしまったことを、職員会と生徒会はよく思っていないようでしてな」


 ノイマン学長の説明は続く。


「シャルロット王女殿下は最近、太陽の天使様と呼ばれ市民から慕われておりますな。そのことについても反感を抱いているようでしてな。その“当てつけ”ではないかと思いますな」


「そんなことですの!? たったそれだけのことで、こんなにも酷い仕打ちを受けておりますの?」


「下級クラスに対する差別意識は、想像以上に大きいのですな……」


 重苦しい沈黙が流れる。

 そんな中、オリヴィアはそっと手をあげる。


「あの……ノイマン学長の権限で、決定を覆せないのでしょうか? このままではウルリカ様が可哀そうで……」


 オリヴィアからの問いに対して、ノイマン学長は再び首を横に振る。


「実は今回、ワシは意思決定から外されてしまったのですな……」


「どういうことですの? 学長を意思決定から外すなんて、おかしいですわよ!」


「ワシにもよく分からんのですな……」


 そう言ってノイマン学長は、懐から一枚の紙を出す。


「これはワシへの通知書なのでしてな。“最近のノイマン学長は、突然空中を飛び跳ねる、人前で土下座しまくる、幼女にひれ伏す、などの奇行が見られる。そのためノイマン学長を、まともな精神状態ではないと判断する。よって今回の意思決定から外す。”と書いてありますな」


 難しそうな表情で、真剣に悩むノイマン学長。

 一方、シャルロット、オリヴィア、ナターシャの三人は、「あぁ」と納得の表情だ。

 ノイマン学長のウルリカ様に対する態度を、思い出しているのである。


「ともかく、そういう理由で下級クラスの教室と授業は無くなってしまったのですな……」


「ううぅ~……せっかくの初登校じゃったのに~……」


 話を聞いていたウルリカ様は、しくしくと泣きだしてしまう。

 眉を八の字にして、もの凄く悲しそうな表情だ。


「妾はちゃんと学校にいきたいのじゃ~」


 ウルリカ様の嘆きの声が、虚しくこだまするのだった。

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