第10話 ウルリカ様の入学試験

 第一の試験、筆記試験。


 静かな大教室に、カリカリとペンの走る音だけが響く。

 机に向かってペンを動かす、大勢の受験生達。


 ウルリカ様も試験を受けているのだが……。


「ううむ……まったく分からぬのじゃ……」


 頭に“?マーク”を浮かべるウルリカ様。

 試験の問題は、ロムルス王国の歴史や貴族社会でのマナー等。

 魔界で暮らしていたウルリカ様には、分からないことばかりだ。


「うむぅ……分からぬ……分からぬのじゃ……これはマズいのじゃ……」


「そこ、試験中は静かに!」


「う、うぅむ……」


 注意されてションボリしてしまうウルリカ様。

 そのまま時間だけが過ぎていく、そして──。


「そこまで! 受験生はペンを置くように!!」


「なんと! もう終わってしまったのじゃ!!」


 真っ白なままの答案用紙を前に、頭が真っ白になるウルリカ様。


 ウルリカ様の入学試験、早々に暗雲が立ち込めるのだった。



 ✡ ✡ ✡ ✡ ✡ ✡



 続いて行われるのは、魔法実技の試験である。


 校庭に並ばされる受験生達。

 少し離れた場所には、人の形をした木製の的が並んでいる。


「これより魔法実技を開始する! 一人ずつ順番に、的に向かって魔法を放て。魔法媒体は好きに使ってよい。魔法の精度と威力を見せてくれ!!」


「「「「「はい!」」」」」


 受験生はいくつかの列に並び、順番に魔法を放っていく。


「炎よ! 焼きはらえ!!」


「雷よほとばしれ!」


「つらぬけ! 氷の槍!」


 うまく的を破壊する者もいれば、狙いを外す者、威力の足りない者もいる。

 そんな中、列の先頭から大きな歓声が上がる。


 歓声の中心にいるのはシャルロット王女だ。

 構えた杖の先では、木製の的が粉々に砕かれている。


「流石シャルロット姫様! 素晴らしい魔法でした!!」


「他の受験生とは比べものになりませんね!」


「教師ではなくシャルロット姫様に魔法を教わりたいくらいですわ」


「フフフッ、ワタクシなんて上のお姉様に比べたらまだまだよ」


「謙虚なところも素敵ですわ」


「憧れます~」


 一方ウルリカ様とオリヴィアは、シャルロット王女とは違う列の最後尾に並んでいた。


「もうすぐ妾の番じゃ!」


「もう一度言っておきますよ! くれぐれも本気は……」


「分かっておる、ちゃんと手加減するのじゃ」


 そしていよいよ列の最後尾、ウルリカ様の順番となる。


「次で最後か、お前は……受験生か?」


「そうじゃ、よろしく頼むのじゃ!」


 他の受験生と比べて、明らかに小さなウルリカ様。

 試験官の教師は怪しむそぶりを見せるが、そこへオリヴィアがサッと割って入る。


「こちらがウルリカ様の受験票です!」


「む……本物の様だな。分かった、では魔法を見せてくれ」


「よぉし!」


 意気揚々と杖をかざすウルリカ様。

 小さくつぶやきながら、目を閉じて集中する。


「最小最低の力で……手加減しすぎるくらい……」


 ポッという音が鳴り、杖の先端に髪の毛ほどの細さの炎がともる。

 その炎を自信満々に見せるウルリカ様。


「どうじゃ!」


「おい、それが魔法か? それで全力なのか?」


「うむ! これ以上は無理なのじゃ」


「そ、そうか……」


 小さすぎる魔法を見せられて、呆れた顔の試験官。

 周りで見ていた受験生は、クスクスと笑い声をあげる。


「なにあれ? 本当に魔法なの?」


「子供のおままごとじゃないか」


 大勢の受験生に笑われながら、それでもまったく気にしないウルリカ様。

 パタパタと走ってオリヴィアの元へと戻っていく。


「どうじゃった?」


「えっと……今のは魔法なのですか?」


「もちろんじゃ! ゼノンに言われた通り、最小最低の力で手加減しすぎるくらいの魔法を使ってみたのじゃ。あれ以上小さな魔法は無理じゃ」


「そ、そうですか……」


 申し訳なさそうに頭を抱えるオリヴィア。


 ウルリカ様の入学試験、まだまだ続く。



 ✡ ✡ ✡ ✡ ✡ ✡



 続いては剣術実技の試験である。


 受験生が二人一組になり、模擬戦形式で行われる試験だ。

 校庭のいたるところで、受験生達の気合の入った叫び声があがっている。


「とおおぉっ!」


「そこだ!」


 試験用の木刀を使い、激しく打ち合う受験生達。

 中でも注目を集めているのはシャルロット王女だ。


「おりゃあぁっ!!」


「甘いですわ!」


「なに!? ぐあぁっ」


 シャルロット王女へと切りかかる対戦相手の少年。

 しかし、あっさりとかわされて逆に打ち倒されてしまう。


「流石はシャルロット姫様! 剣の腕も素晴らしいです!!」


「見惚れてしまいました!」


「フフフッ、下のお姉様には遠く及ばないわ、まだまだ精進が必要ね」


 盛り上がるシャルロット王女と取り巻きの子女達。

 一方ウルリカ様は、校庭の端っこで試験を受けていた。


「あの……ナターシャです……よろしくお願いしますぅ……」


「ウルリカじゃ、よろしくのう!」


 ナターシャと名乗った少女が、ウルリカ様の対戦相手である。

 クリクリとしたオレンジ髪の、可愛らしい女の子だ。


「さて、やるかのう!!」


 張り切るウルリカ様の横で、オリヴィアがそっと耳打ちをする。


「ウルリカ様、本気でやっちゃダメですよ」


「分かっておる、約束じゃからの」


 木刀を構えるウルリカ様とナターシャ。

 二人の間に、試験官の教師が立つ。


「では……試合開始!」


「やああぁぁっ!」


 試験官の号令と同時に、ナターシャは木刀を振り上げる。

 対するウルリカ様は、ゆったりと木刀を構えて防御の体勢だ


 グッと足を踏み込み、木刀を振り下ろすナターシャ。

 それを見たウルリカ様は、驚いた表情を浮かべて、そっと木刀を下してしまう。


「てやあぁ!!」


 ポカッと音を立て、ウルリカ様の頭に木刀が直撃する。


「……え?」


「うむ、ナターシャの勝ちじゃな!」


 予想外の決着に、オリヴィアも試験官も、ナターシャでさえポカンと呆けてしまう。


「し……勝負あり!」


 我に返った試験官が、試験終了の合図を出す。

 キョトンとしたまま、一礼してその場を後にするナターシャ。

 残されたウルリカ様に、オリヴィアが質問をする。


「ウルリカ様、負けてしまってよかったのですか?」


「うむ、リヴィはナターシャの実力をどう思った?」


「どうって……普通だったと思いますが」


「リヴィもまだまだじゃのう、ナターシャは剣術の才能に溢れておるのじゃ」


「才能ですか……?」


「素質だけでいえば、人間界で出会った誰よりも優れたものを持っておった。まだまだ荒削りじゃが、あの一太刀はかわすには惜しいと思ったのじゃ」


「私にはよく分かりませんが……試験結果が負けになってしまいましたよ?」


 うたれた頭をナデナデするウルリカ様。

 負けたことなどまったく気にしていない。


「仕方ないのじゃ、気を取り直して次じゃな!」


 ウルリカ様の入学試験、次は最後の実地試験だ。

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