第6話 深夜の執務室

 深夜。

 吸血鬼も寝静まる時刻。

 ロームルス城、ゼノン国王の執務室に小さな明かりが灯っていた。


 豪華なソファに腰かけ、酒をあおるゼノン王。

 向かいのソファには、ゼノン王よりやや年上の、細身の男が腰かけている。


「魔王の襲来……知らせを聞いた時は驚きましたよ」


 カランッと音をさせ、氷の入ったグラスを傾ける男。

 ロムルス王国を支える大臣の一人、ルードルフだ。


「しかも、その魔王を学園に入学させる……まったく陛下はなにを考えているのやら……」


「悪かったな、相談もせずに」


「攻めているのではありません、心配をしているのですよ」


 ルードルフの話し方は、国王が相手とは思えないほど無遠慮なものだ。

 しかしその口調と態度が、信頼関係の強さを表しているともいえる。


「しかし魔王とは……本物なのでしょうか?」


「さあな、真偽は確認のしようがない。しかし……」


 カランッと音をさせ、一気に酒を飲みほすゼノン王。


「俺は本物だと思っている」


「根拠を聞いても?」


「二つある。まず一つ、戦闘における能力がずば抜けている。ウルリカに適う者はロムルス王国内には一人もいないかもしれん」


 ゼノン王の言葉に、ルードルフは目を見開いて驚く。


「国内に一人も? 流石にそれは言い過ぎでは?」


「言い過ぎではない、むしろ控えめに言ったつもりだ。ゴーヴァンを一蹴した実力は凄まじいものだった、聖騎士が文字通り片手間だったからな」


「あのゴーヴァンが片手間とは、未だに信じられませんよ……」


 静かな執務室に、氷の揺れるカランッという音が鳴り響く。


「では、もう一つの根拠は?」


「俺の直勘だ」


「直勘ですか……」


「直勘というより“畏れ”に近いな」


 ギョッと驚くルードルフ。

 その反応を見て、ゼノン王はニヤリと笑みを浮かべる。

 まるでルードルフの反応を楽しんでいるようだ。


「畏れ? 賢王で知られるゼノン王が畏れとは、どういう冗談ですか?」


「冗談ではない。ウルリカから感じる気配や圧力、あれは王として遥か高みにいる者の覇気だ。少なくとも俺では足元にも及ばないだろうな……」


「陛下がそこまで言うとは……」


「学校に通いたいなどと言っておったがな、俺の方がウルリカから学びたいくらいだ」


 カチカチと時計の針の進む音が、執務室に響く。

 静かに流れていく時間の中で、ゼノン王とルードルフはゆっくりと酒をあおり続ける。


「しかし、よりによってロームルス学園……あそこは一筋縄ではいきませんよ」


 学園の話になり、明らかに顔をしかめるゼノン王。

 難しそうな表情でルードルフの話に耳を傾ける。


「ロームルス学園は王政から完全独立した教育機関です。”学問とまつりごとは分けて然るべし“の理念に基づき、王家の権力も跳ね返してしまいます」


「分かっている、ウルリカの入学試験も無理やり許可を取ったからな。学長に直接頼み込んだのだぞ」


「そこまでやって、それでも魔王が入学出来なかった場合はどうするのですか?」


「うむ、その時は……」


「その時は……?」


 目を閉じてグラスを傾けるゼノン王。

 カランッ、という氷の音が響く。


「国ごと滅ぶ覚悟を決めるか?」


「陛下!?」


「ハッハッハッ、冗談だ」


 軽い調子で笑うゼノン王。

 対してルードルフは怒りの表情を隠さない。


「そう怒るなルードルフ。冷静に考えてみろ、現実に国が滅びないとも限らないだろう?」


「それはまあ……相手が本物の魔王であれば可能性はありますが……」


「だろう? まあ心配するな、それを見越してウルリカと友達になったのだからな」


「友達ですか……」


「ああ、この際ウルリカが本物の魔王か偽物の魔王かはどちらでもよい。親しくしておくに越したことはない」


「……なるほど……」


 表情を落ち着かせたルードルフを見て、ゼノン王はふぅっと息を吐く。


「仮に本物の魔王であれば、敵対すること自体があり得ない。国が滅ぼされないために懇意にしておく必要がある。偽物であろうと聖騎士を一蹴するほどの戦力に変わりはない、味方に引き入れておいて損はないだろう?」


「それはその通りですね、ただし……」


 カチリッ、と時計の針が深夜零時を指し示す。


「魔王が邪悪な存在ではない、ということが前提条件です」


「ハッハッハッ! それなら心配ない、邪悪でないことは俺が保証する!」


「それも勘ですか?」


「ああ、勘だ!」


 静かな執務室に、ルードルフの深いため息が響く。


「では私も覚悟を決めますか、自称魔王を受け入れる覚悟を」


「ああ、ついでに俺の執務を減らしておいてくれ。ウルリカの相手で時間が──」


「それはダメです、執務はきっちりこなしてもらいます」


 恨めしそうなゼノン王。

 飄々と酒をあおり続けるルードルフ。


「ぐうぅ……ルードルフめ……」


 執務室に響く、ゼノン王の嘆きの声。

 こうして、ロームルス城の夜は更けていく。

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