第5話 魔王と王女

「さっきから聞いてたら、なんて失礼な奴だ!」


「姫様への侮辱は許さない! 覚悟しなさい!!」


 ウルリカ様に突きつけられる剣や杖。

 にもかかわらず、ウルリカ様はマイペースだ。


「やる気じゃのう! 元気じゃのう! 良いことじゃ!!」


 ポリポリ……ポリポリ……。


「まだクッキーを食べ続けているなんて、信じられないわ!」


「生意気な娘だ、よほど痛い目を見たいらしいな!」


 クッキーをほおばるウルリカ様を見て、ますます怒りの声を上げる子女達。

 そんな中、第三王女と名乗った少女が、静かに口を開く。


「みんな、武器を収めなさい」


「でも姫様……」


「こんな子供を寄ってたかって痛めつけたって、みっともないだけでしょう?」


 第三王女の命令を受けて、子女達はしぶしぶと武器を収める。


「それにワタクシのことを知らないなんて、よっぽどド田舎に住んでいたってことよ。田舎者で可哀そうじゃない、許してあげましょう。ふふっ」


「姫様はお優しいですね。それにしても、どんな田舎に住んでいたのでしょうね? ププッ」


「笑っては悪いですわ、クスクス……」


 笑われるウルリカ様だが、相変わらずクッキーをほおばり続けている。

 ポリポリ……ポリポリ……。


「妾は魔界におったから、人間界のことは詳しく知らんのじゃ」


「魔界? くくくっ……なら教えてあげますわ。ワタクシの名はシャルロット・アン・ロムルス。ロムルス王国の第三王女よ」


「ほほう、ゼノンの娘か! 妾はウルリカ・デモニカ・ヴァニラクロスじゃ、よろしく頼むぞ」


「まあ、国王陛下を呼び捨て? いくら田舎者でも許されないことがあるのよ?」


 ウルリカ様の態度に、シャルロット王女は眉を寄せて不快感をあらわにする。

 ピンとした緊張感が走るが、そんな空気などまったく気にしないウルリカ様。


「妾とゼノンは友達じゃからの、呼び捨てでも問題ないのじゃ。ところでシャルロットは妾になにか用事か? もしや妾と友達になりたいのかのう?」


「友達? 第三王女であるワタクシが田舎者のあなたと? 冗談でしょう!?」


 不快感を強めるシャルロット王女。

 取り巻きの子女達もウルリカ様を睨みつけている。


「いいかしら、ロムルス王家はあなたが思っているよりもずっと高貴な一族なの。ワタクシを含む四人の兄姉もみんな特別な存在なのよ。あなたのような田舎者が友達になれる相手ではないの」


「そうなのか?」


「当然でしょう! いいわ、教えてあげる。父のゼノン王は賢王として大陸中に名が知れ渡っているわ。兄は聡明で頭が良く、知略においては父をも凌ぐほどよ。上の姉は魔法の天才で、国内には並ぶ者のいない実力者。下の姉は聖騎士にも勝る剣の達人なのよ」


「流石はシャルロット様です、王家の偉大さが深く伝わってきました!」


 シャルロットに向けて、子女達から次々と称賛の声が上がる。


「どうかしら? 少しはロムルス王家の偉大さが理解できたかしら?」


 鋭い目つきのシャルロット王女。

 オリヴィアはビクビクと怯えた様子だ。


「ウルリカ様、謝った方がいいかもしれませんよ……」


 ウルリカ様の耳元でこっそりと話しかけるオリヴィア。

 その姿を、シャルロット王女が目ざとく発見する。


「あら、そこにいるのはオリヴィアじゃない。没落した元貴族の娘が、こんなところでなにをしているのかしら?」


「……お久しぶりですシャルロット様。ゼノン王のご厚意により、本日からウルリカ様のお世話係をさせて貰っております」


「ずいぶんと落ちぶれたものね、以前は国内有数の大貴族だったのに、ふふっ」


「くすくすっ」


 子女達からも笑われて、オリヴィアはつらそうに俯いてしまう。

 そんなオリヴィアの顔を、ヒョイッとウルリカ様が覗き込む。


「リヴィは貴族だったのか、それで学校に通っておったのじゃな!」


「はい……そんなことより早く謝った方がいいですよ……」


「ん? なぜじゃ?」


「なぜって……」


 キョトンと首を傾げるウルリカ様。


「そんなことも分からないの? 第三王女であるワタクシに失礼な態度を取ったのよ? ロムルス王家の第三王女であるこのワタクシに!」


「それは分かったが、お主は一体何者なのじゃ?」


 ウルリカ様の質問に、シャルロット王女はティーテーブルを叩いて声を上げる。


「あなた! ワタクシの話を聞いていなかったの!?」


「聞いておったが、ゼノンや兄姉の話ばかりで、お主自身の話は全く聞かせて貰っておらぬ。これではお主のことが分からぬのじゃ」


「は……?」


 凍り付く場の空気。

 オリヴィアも取り巻きの子女達も、青い顔で固まってしまう。


「もしやお主、王家に生まれたから自分が偉いと思っておるのか? 兄姉が優れているから自分も優れていると勘違いしておらぬか?」


「なっ……なにを!?」


「妾から見れば、お主などただの小娘じゃぞ」


「小娘!?」


「そうじゃのう、ただ話が長いだけの娘じゃな。美味しいクッキーを作れるリヴィの方が、よっぽど価値ある人間じゃ」


 怒りのあまり、プルプルと震えるシャルロット王女。

 我に返った子女達から、次々と怒りの声が上がる。


「シャルロット様に向かって、なんてことを言うの!」


「許せないわ!」


 顔を赤くしていたシャルロット王女だが、突然冷めた表情へと豹変する。


「……あなた、学校に通いたいのよね……?」


「その通りじゃ!」


「ワタクシも今年から学校に通うのよ、二日後には試験で一緒ね……」


「そうなのか! それは楽しみじゃのう」


「ええ、本当に楽しみね……いくわよみんな!」


「あ、待って下さいシャルロット姫様!」


「あの娘は放っといていいのですか?」


 子女達を無視してテラスを後にするシャルロット王女。

 慌てて子女達もテラスを去っていく


「ワタクシをこけにして、許さないわ! 試験では覚えてなさい!!」


 こうして、王女の恨みを買ってしまったウルリカ様。

 果たして無事、学園に入学できるのか。

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