第2話

星尾山━ここは二つのことで有名な山だ。まずは、全国でも珍しい、洞窟の中に神社があることだ。元々この地には洞窟も神社もなかった。なぜこの地に建てられたかは社伝によると、嘉永 6 年( 1853 年)の元旦、牛の刻に一筋の光が、あたり一面を昼のように照らしながらこの山に吸い込まれた。不思議に思った村人達が夜明けとともに訪れると、中腹に大きな洞窟が出来ており、最奥には一振りの美しい剣が刺さっていた。ある一人の若者がその剣を抜こうとすると、びくともせず突然巨大な雷が起こった。村人達は龍神様の祟と恐れ、ここに剣を御神体として祀ることにした。剣を中心に本殿を立てたことが由来であると記されている。もうひとつは、植生が豊かであるということだ。普通植物は決まった地域にしか生息出来ないが、ここでは植生の違うものが同時に観察出来る事だ。多くの学者が研究を重ねてきたが未だ解明されていない。

また、心霊スポットとしても近年有名になってきている。多くの人が昼夜を問わず半透明の姿の少女を目撃するか撮影するかしている。こちらも原因不明で、多くの好事家たちの議論をわかせている。


 今朝の夢のせいか、気付いたら今日は周囲の視線を忘れて登校中星尾山について考えていた。今日に限って夢の余韻が強く、考えれば考えるほど不安や焦燥感といったもので、訳も分からず気持ちが落ち着かなかった。

そんな原因を考えようとして、星尾山の方へと顔を上げた瞬間、君佳きみかの心配そうな顔が目の前にあった。

 一瞬で現実へと引き戻された為、回りの視線の圧をより強く感じ、俺は反射的に赤くなった顔を背けて、暴れる心臓を押さえつけた。いくら幼馴染で毎日顔を合わせていても、美少女に見つめられことになれるはずがない。

 そんな俺の心情に気付かないのか、君佳きみかは、回り込んで素早い動きで額同士をくっつけた。

 突然の行動に俺の意識は真っ白になったが、理解した瞬間、急激に体温が上がり、さらに心臓が暴れだした。

「な・な・なに…。」

「少しおとなしくしてて。熱測れないでしょ。」

「き・き・きみか…。」

 頬を少し染めながら、君佳きみかは離した。

「ちょっと…、熱いわね。大丈夫?。」

 俺は、離れてくれたことにほっとしつつ、周りの視線を感じながら、君佳きみかに苦言を呈した。

「こんなんで正確な体温が図れるか。しかもこんな往来で。もう少し自分の立場と周りの視線を考えろよ。」

 「心配してるのに。それに立場って何よ。そんなの関係ないじゃない。周りなんか気にすることなんてないわ。しょうだって昔は気にしてなかったじゃない。」

むっとした顔で君佳きみかは俺を見てきた。

「昔とは違うんだよ、昔とは。前から言ってるけど、俺は目立ちたくないんだよ。なるだけ一緒にいないほうがいいんだよ。君佳きみかの為にも。」

「私の為って何よ。それと、私といるとなんで目立つのよ。こないだまでそんなことすら言わなかったじゃない。」

一歩踏み込んできた君佳きみかに勢いで押されつつ、俺は顔を背けながらつい言ってしまった。

「ずっとかまってくるから、好奇の視線や怨念をずっと感じてるんだよ。君佳きみかはもう少し自分が誰もが目を惹くくらい美少女だって、かわいいって自覚しろよ。」

「か・かわいいって……。」

恐る恐る視線を向けると、そこには、顔を赤らめ頬に手を当て、照れた姿が余計にかわいい幼馴染がいた。

 俺はいろんな視線が絡み合った、この場にいることが耐えられなくなってきた。どう立ち去ろうか考えていたら、タイミングよくクラスメイトの女の子が君佳きみかに近寄ってきたので、これ幸いにとその場を立ち去った。

「……しょうのバカ……。」

ささやくような声で呟かれた言葉はセミの鳴き声に搔き消されていた。


            §§§§§§


教室に入るとクラス全体が、いや、男子のみがざわついていた。

席に着き、いつの間にか置かれていた机に目を向けているとにやつく野島 大樹のじまだいきと、あきれる高遠 飛鳥たかとうあすかがやってきた。

大樹だいきは、大柄で筋肉質、精悍な顔つき、まあいわゆるイケメンなんだが、常に女の子を追いかける軽い性格の為、女子にはモテず、男子にモテる。 理想と現実がかみ合ってない非常に残念なイケメンである。

 飛鳥あすかは、標準的な体格、眼鏡をかけているせいか怜悧で理知的な雰囲気を持つ。趣味は読書、ジャンルは問わずオカルトからサイエンス、果てはゴシップまで幅広く手がけている。『困ったときのおばあちゃんの知恵袋』それが俺たちの共通認識だ。そんな二人と俺は何故か高校に入ってからつるむようになり、馬が合ったのか、今では気の置けない友人である。

大樹だいき、何気持ち悪くニヤついてるんだ?飛鳥あすかの顔を見れば碌でもないことのような気がするんだけど。」

「まあ、そうですね。いつもの妄想を広げているだけですよ。」

飛鳥あすかこれはテンション上げるとこだろ!しょうはともかくお前も俺らと一緒でひとりなんだからよお。」

「俺はともかくってどういう意味だ。大樹だいきの反応で何となく女子がらみなのはわかるけど。」

「このクラスに転入生が来るんですよ。とてつもない美少女だと噂されてますけど。」

「そう、そのとおり!美少女が来るんだ。癒し系の美少女がな!性格が悪く、すぐ暴言や、暴力を放つような美少女ではなくな。」

大樹だいきはこぶしを握り力強く言い放った。俺たちは教室に入ってきた彼女達を見て、もうやめとけと意味を込め、アイコンタクトを行ったが、だんだんとヒートアップしていく大樹だいきには通じなかった。

「だいたいうちのクラスの美少女は、お手付きだったり、腹黒暴力女しかいないからな。ようやく癒しの美少女が来たんだ。テンション爆上げするよな。」

「へぇ~、私のことそんな風に思ってたんだ~。だ・い・き・く・んは~。」

俺たちの予想通り、静かに大樹の背後に近づき、ガシッと頭をつかんで件の少女は自分の方に振り向かせた。笑顔で静かな圧を放ちながら。後ろには苦笑を浮かべた君佳きみかが立っていた。

「さつきさん、君佳きみかさん。おはようございます。」

「さつき、おはよう。」

「おはよう、二人とも。飛鳥あすか、このバカちゃんとしつけといて。しょう彼女きみかを置いて先に行くなんて彼氏として最低よ。」

「ちょっと待ってください、さつきさん。それのしつけは無理です。手遅れです。」

「誰が彼氏だ、誰が。俺たちは幼馴染。それ以下でもそれ以上でもない。何度も言ってるだろうが。そういうのはマジ勘弁してくれ。」

「ちょっと、さつき。私たちはそういう関係じゃないわ。」

「まぁ、そんなことより、誰が腹黒暴力女ですって!誰のせいでそういうことになっているか分かってないようね。いい加減きちんとちょうky、もとい教育しないといけないかしらね。」

「おい、今、調教って言ったぞ、この女!」

さつきの手を大樹だいきはようやく振りほどき、そそくさと俺たちの後ろに隠れながら言った。

大樹だいき俺らを巻き込むな!おとなしく調教されて来い!」

「いやだ。この女になんか調教されたくない。確実にられる。」

そんな馬鹿なやり取りをしていると、予鈴が鳴ったのでそれぞれ席についた。

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