第30話:伏見京香は混乱する

 俺は湿布薬を貼るために、伏見の右足のソックスに両手をかけて、ゆっくりと下にずらした。


 ──なんだかとてもエロチックだ。

 俺はどんどん緊張してきて、心臓の鼓動がバクバクと鳴り始めた。


『いやーん……勇介君に、足首をじっくりと見られてるぅ……ドキドキするぅー』


 あんまりドキドキしないでくれ。

 こっちまで緊張感が、どんどん高まっていく。


 湿布薬のフィルムを剥がして、伏見の足首に巻くように貼りつけた。


「ひゃぁん……」


 突然伏見が艶かしい声を出した。


「だ、大丈夫か?」

「ちゅ……ちゅめたい……」

「そりゃそうだ。冷感タイプの湿布なんだから。すぐに慣れるから我慢しろ」

「ふぁい……」


 伏見はなんとも情けない顔で、気の抜けた声を出した。

 ホログラムの方ではなくて、リアル伏見が、だ。


 あのクールで強気な伏見が──まあ、あくまで、そう装っているだけなのだけれども──その伏見が、無防備な姿を見せる。


 貼り付けた湿布を上から手で優しく押さえて、しっかりと肌に密着させる。

 足首が熱を持って、少し腫れてる感じがする。


『あん……勇介君の手の感触が……優しくて、温かくて……嬉しいよぉ……おかしくなっちゃいそう……』


 俺は手早く湿布を貼り終えて、ソックスを元のように上げた。


 目の前の白く綺麗な足から、すっと視線を上に上げる。

 すると伏見が、なんとも言えない色っぽい潤んだ目で俺を見下ろしていた。

 頬も上気して、口が半開き。

 ちょっとポーッとした感じに見える。


 今まで見たことのない色気のある伏見に、また心臓の鼓動が早くなってしまう。


 それにしても今日は、伏見に対してドキドキが多い日だ。

 心臓に悪いじゃないか。


「えっと……さ、さあこれでいいだろ。痛みが引くまで、ちょっとここで休んで行くか?」


 伏見はポーッとした顔で、しゃがんだ俺を見つめたまま、微動だにしない。


 ──何を考えているんだ?


 そう思ってホログラム伏見を見たら、なんとこちらの方も、ポーッとした顔で無言になっている。


 リアル伏見に視線を戻すと、長い睫毛の綺麗な目が、虚ろな感じになっている。

 こんなに美人の色っぽい顔を、すぐ間近で見るのなんて初めてだ。


 女子と付き合った経験のない俺には、刺激が強すぎる。

 どうしたらいいんだ?

 パニックになりそうだ……


 伏見は返事をしないけど、立ち上がる素振りも見せない。

 だから俺は仕方なく腰を上げた。

 そして少しあいだを空けて、ベンチの伏見の隣に腰を下ろした。


 顔だけを伏見の方に向けると、伏見は相変わらず虚ろな目つきのまま、ボーッと真正面を向いている。


 ──ホントにコイツ、どうしちまったんだ?


 まるで熱に浮かされているかのようだ。

 捻挫した足首は確かに熱を持っていたけど、それで頭まで熱が出るなんて話は聞いたことがない。


「大丈夫か、伏見?」


 俺が心配して尋ねると、伏見は我に返って急に俺の方を向いて声を出した。


「わーっ、勇介くんが優しく手当てをしてくれたよー! しかも勇介くんに足首を触られて、気持ち良すぎてどうしようー! おかしくなっちゃうー!!」


 ──ん?


 コイツ……俺に手当てをされて、触られたのがよっぽど嬉しかったのか、確かにかなりおかしくなってる。


 このいつもの、わいわいキャイキャイするテンションで……


 このテンションで……

 な、なんと、リアル伏見が喋っちまってるぞーっ!!


 横に立ってるホログラム伏見は、クールな表情で俺を向いて、淡々とした口調で何やら言ってる。


『あら。東雲しののめ君。私を見くびらないでくれる? これしきのこと、私は大丈夫だから』


 おーい、伏見ぃーっ!

 リアルと心の中が逆転してるぞーっ!


 ヤバいよコイツ。

 教えてやらなきゃ……


 ──って、ダメだーっ!

 俺が伏見の心の中が見えてるなんてことは、絶対に言えねぇーっ!


 どうしたらいいんだーっ!?


 ──って焦って伏見の顔をじぃーっと見つめてたら……


「いやーん! 勇介君が私を見つめてるー! ああ……なんてイケメンなの……」


 両手を頰に当てて、うっとりした顔で俺を見つめてる。


 伏見京香よ──

 そのセリフ、しっかりとリアルのお前が口に出してしまってるんだけど……大丈夫か?



 しかしそこで俺は、はたと気づいた。

 これはチャンスだと。


 今伏見は、本音と建前が逆転しちまっている。

 ということは、つまり……

 うまくすれば、伏見の口から、俺に告白させることができるってことだ。


 そうすれば、伏見と俺と、どっちから告白させるかっていう勝負に勝つことができる。


 ──ふふふ。これは大チャンスだ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る