第28話:伏見京香はおんぶされる

「なあ伏見」

「な、なあに?」

「そこの公園までおぶってやる」

「ふぇっ!?」


 ホログラム伏見はいつもふぇっなんて声を出すけど、リアル伏見がそんな声を出すのは珍しい。

 しかも目を見開いて、いわゆる『鳩が豆鉄砲食らった』みたいな顔になってる。


 いつもクールな美少女が見せるそんな顔は、とても可笑しくて、そしてちょっと可愛い。


「いや、いいから」

「いいことない。おぶされ」


 俺は伏見の顔を見ながら、背中を向けた。


「やだ」

「なんで?」

「……」


 伏見は黙ったままだ。


『いやーん、勇介君におんぶされるなんて、恥ずかしすぎるー!』


 ──だな。

 そりゃ高校生にもなって、道端でおんぶされるのは恥ずかしいだろ。

 おんぶする俺だって恥ずかしいよ。


 だけど足を怪我したんなら、仕方ないだろ。


「恥ずかしいとは思うけど、伏見に無理をさせたくないんだ。すぐそこの公園までだから我慢しろ」


 俺の言葉を聞いて、伏見はさらに驚いた表情を見せた。


『私に無理をさせたくないってー!? ちょっと待って、ちょっと待って、ちょっと待ってー! 勇介君、めちゃくちゃ優しい言葉をかけてくれたよねーっ!』


 ホログラム伏見が卒倒せんばかりに驚いてる。

 さすがにここまで驚いたから、本物の方も思わず驚きの表情を出してしまったんだな。


 あ……

 リアル伏見がうるうるした目で俺を見て、コクンとうなずいた。


 ──か……可愛いじゃないか。


『勇介君がこんなに優しいことを言ってくれるなんて……さては私に惚れたな』


 いや、だから伏見京香よ。

 いきなりそこまで飛躍するなよ。


 だけど──


 それを完全には否定しきれなくなっている自分がいる。

 ちょっとヤバいな……



 背を向けてしゃがんだ俺の背中に、伏見がおずおずと身体を乗せてきた。


 伏見の体温がシャツ越しに背中に伝わってきて温かい。


 それに──柔らかい。

 女の子って、こんなに柔らかいのか。


 しかも背中に当たる、このぷにゅっとした感覚は。

 夏服の白シャツ姿だから、はっきりとわかるこの感触は……


 明らかに伏見の胸……だよな。


 思わず「ウッ……」なんて声が出かけたけど、なんとか抑えた。


 ──いかん。くらくらしてきた。

 邪念が頭の中に渦巻く。


 おい、落ち着け、俺!

 伏見は足を怪我してるんだ。


 そんな時に邪念に囚われたら、伏見に悪いだろ!



 なんとか俺は俺自身に言い聞かせて、「よいしょ」っと気合いを入れて立ち上がった。


「きゃっ……」

 

 ちょっとふらついたもんだから、伏見は小さく悲鳴を上げて、俺の首に腕を回して、ギュッとしがみついてきた。


 伏見の髪が首筋にふわっと絡んでくすぐったい。

 それに柔らかな甘い香りが漂う。


 さらに頭がくらくらする。

 ──いや、これ、マジヤバい。


 慎重に歩き出したけど、心臓の鼓動が高まって、倒れそうだ。


 これは人をおぶって歩いてるからでも、ましてや不整脈でもあるまい。


 自分でもわかってる。

 伏見京香とこうやって身体が触れ合ってることに、俺はドキドキしてる。


 でもこのドキドキの正体がなんなのか、俺にはわからない。


 女の子と身体を密着するという、自分史上初の未体験ゾーンに突入してるからのドキドキなのか?


 それとも俺は、伏見京香を意識し出しているのか?


 正直言って、自分でもよくわからないところがある。


 そんな戸惑いを抱えたままだったから、俺は無言のまま、伏見を公園までおぶって行った。





 公園に着いて、ベンチの前で伏見を下ろして座らせた。


「ちょっとそこのドラッグストアで、湿布薬を買ってくる」

「えっ? 別にそこまでしなくていいから」

「いや、ダメだ。俺の好きにさせてくれ」


 伏見の顔を見ながらこれ以上のやり取りをしたら、なんか色んな思いが胸の中に渦巻きそうだった。

 だからそれだけ言い残して、俺はドラッグストアに向かった。


 後ろの方でホログラム伏見の声が聞こえる。


『ええーっ!? 勇介君って、どこまで優しいのぉー! 私に気を遣わせないために、俺の好きにさせてくれなんて、ちょっとカッコ良すぎでしょーっ!!』


 あはは、そうか。

 なんだかんだと伏見を納得させるトークが思い浮かばなかったから、そう言ったんだが……


 思いの外、ご好評みたいで良かった。


『もうダメ〜! キュン死しちゃうー!』


 伏見よ。

 そこまで言ってくれるなんて……


 俺はちょっと……いや、だいぶん嬉しいぞ。





 駆け足でドラッグストアに行って、湿布薬を買って、また駆け足で公園に戻った。

 伏見はベンチに腰掛けたまま、俺が近づくのをぼんやり眺めてた。


「お待たせ。ほら、これ。自分でできるか?」

「あ、も……もちろん。自分でやれる」


 湿布薬の入ったビニール袋を手渡すと、伏見は箱を取り出して、中から湿布薬を一枚抜き取った。


 伏見はベンチに座ったまま湿布薬を手にして、もじもじした感じで俺を見てる。


 いったいどうしたんだろうか?

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