第24話:伏見京香は拍手する
俺がマイクを握って歌い始めると……
伏見京香は少し口を開いたまま固まった。
伏見は呆然としてる。
俺の歌があまりに下手で驚いたのか?
嵐山は何度も一緒にカラオケに来てるから、いつもどおりの下手さ加減って感じで平気な顔をしてる。
有栖川はこちらを気にするふうでもなく、リモコンで次の曲を探してる。
ただ一人、伏見だけが呆然と俺を見つめてる。
『勇介君の歌って、決して上手くはないけど……一生懸命歌ってる姿が可愛いーっ!』
──あ、いや。
そんなふうに思ってくれてたのか。
喜んでいいのか悲しんでいいのか?
こんなに歌が下手なのに、一生懸命な姿が可愛いって。
伏見はこの慣用句を知ってるか?
それは『あばたもえくぼ』ってヤツだぞ。
やがて俺が歌い終わると、実物の伏見は遠慮がちだけど、パチパチと小さくはあるけど拍手してくれた。
ホログラム伏見なんか、大きな動作で大拍手!
『勇介君の一生懸命で可愛い姿を見れて良かったーっ!! 素晴らしいよ、勇介くーん!!』
俺の歌う姿を大絶賛だ。
さすがに俺の歌は、まったく褒められないけど。
あはは。
ホント、喜んでいいのか悲しんでいいのか、よくわからない。
でもまあ、何があっても何をしても、俺を褒めてくれる伏見って……ありがたくはある。
席に腰を下ろしながら、伏見にちょっと声をかけた。
「あ、ありがとうな」
「なにが?」
伏見は無表情で、淡々と答える。
「なにがって……拍手してくれて」
「ああ。たまたま手に埃が付いてたから、払っただけ」
「えっ? そうなの……か?」
おおっ!
久しぶりに伏見の、ワケのわからないツンが出た。
これはこれで面白い……と思えるようになってきてる自分がちょっと怖い。
「あ、いえ……拍手したのよ。
あ……
伏見のヤツ、早々とツンを引っ込めたな。
『ああ〜危ない危ない。ちゃんと勇介君の好感度を上げなきゃ!』
やっぱり伏見は、有栖川のせいで、あんまりツンツンしてるとマズイって思ってるみたいだ。
それならば──
ちょっとこちらも、それに応えてやらなきゃな。男が廃る。
「ありがとな。伏見に褒められて嬉しいよ」
「えっ……?」
伏見はびっくり
『え? え? え? なになになに? 勇介君が優しい笑顔で、お礼を言ってくれたよーーーっ! あーん、嬉しいよー!』
ホログラム伏見が、卒倒しそうなくらいびっくりした顔で、飛び上がってそこらを走り回ってる。
狭いカラオケの部屋なのに。
器用に走り回るもんだ。
まあホログラムだから、テーブルとかにはぶつからないのかもしれないけど。
──なんて、俺は変な所に感心した。
「いえ、どういたしまして」
実物の伏見は、クールに無表情で答えた。
──つもりなんだろうけど。
口角が少し上がって、目尻がちょっと下がってる。
無理に抑えようとしてるけど、抑えきれないで、にへら笑いがこぼれてしまってる。
普通ならちょっと気持ち悪い表情なんだけど……
整った顔の伏見がそんな表情をするものだから、結構可愛いくて萌える。
──あ、いや、萌えるなんてことはない!
断じて、ない!
そう自分に言い聞かせる。
ふと気がつけば、また嵐山が歌い出した。
有栖川も一緒になって歌を口ずさんで、楽しんでる。
だけど時々俺の方をチラチラと見てるのが気になる。
相変わらず、今日も有栖川ホログラムは見えないから、あいつの考えてることはわからない。
それにしても、なんで有栖川のホログラムだけが見えないんだろう。謎だ。
嵐山の曲が終わると、その次に有栖川がダンサブルなノリノリ曲を歌い出した。
有栖川は立ち上がって、モニターの前で片手を上げて、踊りながら歌ってる。
うーむ……
白シャツの前で、大きな胸が上下に揺れている。
なんと嵐山まで席から立って、有栖川のすぐ横で一緒になって踊り始めた。
『うおおおお、サイコーだぜぇーっ!』
おっ。嵐山のホログラムが叫んでる。
アイツもノリノリだな。
こんなに歌が好きだったっけ?
『目の前で有栖川さんの胸が、ゆっさゆっさ揺れてるーっ!』
そっちかーい!
このスケベ男め。
でも有栖川も横で踊る嵐山を見つめながら歌って踊って、なんだかいい雰囲気だ。
ちょっと二人の世界を作ってる。
ふと視線を伏見に向けたら、彼女も目を細めて、微笑ましそうに有栖川と嵐山を眺めている。
『いいなぁ、あの二人。仲良さそうで』
伏見のホログラムも、ほのぼのと二人を見つめてる。
『それに有栖川さんが嵐山君と仲良くなってくれたら、勇介君を奪われずに済むしー! がんばれ嵐山君っ!! フレーッフレーッ、あ、ら、し、や、まっ! フレッ、フレッ、嵐山ーっ!!』
あっ、それか。
なるほど。
ホログラム伏見は、応援団のような身振りで嵐山を応援してる。
本物の伏見がふと視線を前に戻して、俺と目が合った。
「あ……」
伏見は小さく呟いて、慌てて下を向く。
俺と伏見の間で、なんだかほわんとした空気が流れる。
なんとなく、あっちで有栖川と嵐山の世界。
こっちで伏見と俺の世界ができてるような感じがした。
なんとも言えない温かい感じの空気。
こんな感じも……
なんかいいな。
ふと、そんなふうに思った。
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