第25話:伏見京香は勇介を助ける

 それぞれが何曲か歌って、俺たちのカラオケ大会は大いに盛り上がっている。


「ちょっとトイレ」


 なかなか楽しい雰囲気だったから我慢してたけど、ようよう我慢ができなくなって、俺は席を立った。


「ふぅ……セーフ」


 用を済ませ、手を洗ってトイレのドアを開けて、外に出た。


 その時中に入って来ようとした大学生くらいの男性と、トイレのすぐ前で肩がドンとぶつかった。


「あ、すいません」

「おいこらお前。すいまへんで済まへる気かぁー?」

「えっ?」


 相手の男は、そんなにグレた感じではなくて普通の大学生って感じ。

 だけど顔が真っ赤で、息が酒臭い。


 昼間っからだいぶん飲んでるみたいだ。


「お前、態度がへかいんだよぉー 俺になんか文句がはるんか?」


 いきなり襟元をぐいっと掴まれた。

 その男のホログラムを見ると、ろれつが回らない口で、何か呟いてる。


『あんだコイツ? 目が四つあるぞ。気持ち悪い〜 ひかもその四つの目で俺を睨みやがって、腹が立つぅ』


 あちゃ。ベロベロに酔っ払ってる。

 ダメだこりゃ。


「はいはい。文句なんか、ありませんってば」


 俺が軽くいなして、男の手を振り解こうとした瞬間、すぐ横から伏見の焦った声が聞こえた。


東雲しののめ君に何をするの?」


 うわっ! 伏見が、俺の襟元を掴んでる男の手首をグッと握り締めた。


 コイツ普段はへたれのくせに、なんて大胆なことをするんだよ?

 もの凄く強張った顔で、おどおどしながらも一生懸命だ。


 しかも横に見えるホログラム伏見は、泣きそうな顔をしてる。


『ふぇーん。勇介が絡まれてるから、助けようとして思わず手を出しちゃったけど……怖いよぉー』


 なんてこったい、伏見京香。

 めちゃくちゃビビってるじゃないか。


 なのに俺を助けようとしてくれたんだな…… なんてヤツだ。いやはや、めっちゃいいヤツじゃん!!


「あにすんだよぉー 離へぇー」


 男は俺の襟元から手を離して、ぐるんと腕を振り回す。

 おかげで俺は男の手から解放されたけど、男の手首をつかんでいた伏見は、勢いで転びそうになってる。


「お前、誰だよぉー 邪魔ふんなぁー」


 男はふらつく伏見に摑みかかろうと手を伸ばした。

 でも伏見の顔を見て、男のホログラムは驚いた顔をしてる。


『な、な、な、なんだ? えっ、女の子ぉ〜? めっちゃ可愛い〜っ! 抱きついちゃえ!』


 なんだこの酔っ払い。

 伏見が危ない!


「こら、待てっ! その子に手を出すな!」


 俺の声で、男はビクっと身体を震わせ、ピタっと動きを止めた。

 間一髪セーフだ。良かった……


 男のホログラムは『ふぇっ?』とか声を出して、呆けた顔をしてる。コイツが単なる酔っ払いで助かった。


 伏見はといえば、焦った顔で固まってる。


『ふぇーん……なに、この人? 怖いよぉー』


「すんげぇ可愛い子……君、誰?」


 男がポーッとして伏見に質問してる隙に、俺は伏見と男の間に体を入れて、両手を横に大きく広げた。伏見には手を出させるもんか。


「アンタには関係ないだろ」

「いや、誰? お前の彼女か? まさかな?」


 男は俺の後ろで縮こまってる伏見と、俺の顔を交互に見比べてる。


 まさかってなんだよ、失礼な。

 まあ伏見は俺の彼女じゃないことは確かだけど。


「俺の彼女じゃないよ。でも、俺の大切な友達だ」

「あ……はあ、ほうか」

「わかったら、もうトイレに入れよ、お兄さん。俺たちは行くから」

「あ、ああ……」


 男は伏見の可愛さに当てられたような感じで、ポーッとしたまま、ドアを開けてトイレにフラフラと入っていった。


 振り返ると、伏見は俺の背中に隠れて小さくなって、青ざめた顔をしてる。


『ふぇーん……怖かったよぉー! でもさすが勇介君! 私を助けてくれてありがとーっカッコいいー!』


 あ、どういたしまして。褒めてくれてありがとな。


『しかも私のことを、大切な友人だってー! やったー! 大切な人って言ってくれたぁーっ!』


 あはは。

 それくらいのことで喜んでくれてありがとう。


 でも伏見は、唇なんかちょっと震えてる。

 よっぽど怖かったんだろう。


 なのに俺を助けようとしてくれるなんて。

 ちょっとジワッときた。


「伏見。ありがとうな」

「えっ……? いや、あの……結局私は何の役にも立ってないし」

「いや。伏見があまりに可愛いから、あの男はすんなりトイレに行ったみたいだぞ」

「わ、私が可愛いから、すんなりトイレに行った?」

「ああ、そうだ」

東雲しののめ君は、わけのわからないことを言うのね、おほほ…… 東雲しののめ君って、ば……バカなのかしら?」


 ば、バカって……

 伏見のヤツ、やっぱ毒舌だ。

 

 でも確かに。

 俺の言ってることは、わけがわからないだろうな。


 だけどあの男の心の中が見える俺からしたら、間違ったことは言ってない。


『ゆ、勇介君がぁーっ! 私をーっ! 可愛いって言ってくれたぁーっ!!』


 ホログラム伏見が、悶絶しながら叫んで、ニヤニヤしてる。


『これって……これって…… 勇介君が私に惚れたってことよねーーーっ!!』


 ──いや、違うし。

 可愛いのひと言で、なんでいきなり惚れたになるんだよ?


 コイツ、思い込み激し過ぎだろ。

 実物伏見の方なんか、目がうるうるして、キラキラと輝いちゃってるよ。


「あ、あの、伏見……」

「な……なに?」


『うっわ〜! もしかして勇介君、今から私に告るのーっ!?』


 ホログラム伏見よ。

 そんなにワクワクした顔をするな。


 そんなわきゃねぇだろ。

 他の客もいる、こんなカラオケルームのトイレの前で、いきなり告るはずがあるまい。


「そろそろルームに戻るよ。あんまり遅くなると、二人が心配する」

「えっ? あ……ああ、そうね。じゃあ私はトイレに行ってから戻るわ」

「わかった」


 本物の伏見はクールに答えて女子トイレに入っていったけど……


 ホログラムの方は、頭の上で除夜の鐘がゴーンと憑かれたような青ざめた顔で、がっくりうなだれてる。


 思いっきり期待が外れたようだ。


 おい、伏見京香よ。

 お前、思い込みが激しすぎるぞ。

 ──いや、面白いけど。


 俺は、ウップップという笑いを噛み殺しながら、先に一人ルームに戻った。

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