第23話:伏見京香は歌う
「ねえ次、伏見ちゃんが入れなよー」
それまで熱心に操作リモコンを眺めていた伏見が、「じゃあ……」と答えて曲を入れる。
へたれで人とあまり話さない伏見が、こんなに簡単に曲を入れたのは意外だ。
もっと歌うのを嫌がるかと思った。
画面に表示された曲名を見たら、なんと女心を切々と歌い上げるタイプのバラード曲。
私にとってあなたが全て、みたいな感じの歌詞に溢れている歌だ。
歌のキーも高いし、歌い上げるようなバラード曲なんて、伏見はちゃんと声が出るのかよ?
イントロが流れる中、そんなことを思いながら、伏見の顔を眺めていた。
伏見はちょっと緊張した顔で、俺の後ろにあるモニターを見つめている。
そして歌が始まり、スピーカーから聴こえてくる伏見の声は、俺の想像を遥かに超えるものだった──
「おおっー! すげーぞ伏見さん! めっちゃくちゃ上手いじゃないか!」
──伏見が歌い終わった。
嵐山は興奮冷めやらぬ様子で叫んでる。
俺の心配なんか杞憂だった。
嵐山が絶賛したとおり、伏見の歌はめちゃくちゃ上手かった! 驚きだ。
しっとり歌う所では感情がこもった切ない声。
普段のクールな表情と違って、顔つきまでが切ない表情で、美しい二重の目は瞳が潤んでいる。
そしてサビの歌い上げる所では、透き通った綺麗な高音ボイス。
向かいに座っている伏見は、俺の背中側のモニターに視線を向けて歌っていたのだが、時折ふと俺の方に潤んだ視線を投げるもんだから、その度にどくんと鼓動が跳ねた。
さすがにこれだけの美少女が、切ない表情で潤んだ瞳を向けてくるとヤバい。
不整脈かっていうくらい、ドキドキが止まらない。
「さあ次は勇介が歌えよ……って、おーい、勇介っ!」
「えっ? なに?」
「なに、じゃねぇよ。なにボーっと伏見さんに見とれてるんだよ?」
「あ、いや、見とれてなんか……」
「めっちゃ見とれてるじゃねぇか!」
嵐山にツッコまれて、ドギマギしてしまった。
確かに俺は、伏見に見とれてた。
気がつくと、伏見もじっと俺の顔を見つめてる。
ホログラム伏見の方は──
『え? ええーっ? 勇介君が、すっごくマジな目で私を見つめてるーっ!』
ボッと火がついたようにホログラム伏見の顔が真っ赤っ赤だ。
実物の方も、頬にほんのり赤みが差してる。
二重の綺麗な瞳はかなり潤んでるように見える。
──いつも以上に伏見の顔が可愛くて、ちょっと色っぽい。
ヤバい。鼓動がドクンと跳ねた。
『ど……どうかな……少しは上手く歌えたかな? 勇介君は私の歌、どう思ったかな?』
伏見は心の中で不安そうにしてるけど……
少しどころか、すっげぇ良かったよ。
お前がこんなに歌が上手いなんて、思ってもみなかった。感動した。
「おい、なにやってんだよ勇介」
「あ、いや……えーっと……何を歌おっかなぁ……って考えてるところだ」
「勇介、早く決めろよ」
「お……おう。わかった」
──とは言うものの。
あんなに上手い伏見の歌を聴いた後に、俺の下手な歌をみんなに聞かせるはキツすぎる!
俺なんて、フツーに下手くそだ。
伏見がこれほど上手いんなら、カラオケになんか誘うんじゃなかった。
カッコ悪すぎる……
まあ仕方ない。
何度か歌って歌い慣れているこの曲を入れよう。
下手くそな俺だけど、この曲なら少しはマシだろう。
──イントロが流れ出した。
向かいの席の伏見は、真剣な眼差しで俺を見てる。
『勇介君が歌うわーっ! 楽しみーっ! ワクワクするーっ! ドキドキするーっ!!』
いや……伏見京香よ。
期待感マックスだな。
頼むからそんなに期待しないでくれ。
俺はホントに下手なんだ。
その期待に溢れた視線が、顔に突き刺さって痛いよ。
俺がマイクを握って歌い始めると……
伏見京香は少し口を開いたまま固まった。
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