第22話:伏見京香はアイコンタクトする

 カラオケルームに着くと、嵐山が受付をしてくれた。

 受付を終えてルームに移動し、嵐山がドアを開けて先頭で中に入る。


 そして彼が受付票をテーブルに置いてる隙に、伏見が一人すっと奥に入って行って、テーブルの向こう側のソファに腰掛けた。


 伏見がこんなに積極的に動くのなんて初めて見た。

 コイツ、実はカラオケが大好きで、早く歌いたがってるのか?


 ──なんて思ったけど、ソファに腰掛けた伏見は操作リモコンに手を伸ばすでもなく、俺をチラッと見て、その視線を自分の隣の席に落とした。


『勇介くーん、ここ、ここ! 席が空いてるよーっ!』


 ホログラムの伏見が手をぶんぶん振って俺を手招きしてる。


 ああ、そういうことか。

 隣に座れって言うんだな。

 

 ホントにコイツ、シャイなヤツだな。

 いつも多くを語るのは心の中と、そして視線だけだ。


 ──よし、伏見の隣に座るか。


 そう思って一歩踏み出した時、俺の脇をトテテテと抜けて行く、小動物のような有栖川の姿が目に入った。


 そして伏見の隣の席に、ダイビングするようにして滑り込む。


「伏見ちゃーん、ありがとー! 隣に座るねー!」


 有栖川はにっこにこして、伏見の二の腕にしがみつく。

 一方の伏見はぽかんと口を開けて、呆然としている。


『な、な、なんでーっ!? 勇介君にアイコンタクトしたのにーっ! 有栖川さんが寄ってきちゃったよーっ!』


 許せ、伏見。

 俺も、まさか有栖川がこんなにすばしっこく、お前の隣に座るなんて思ってもみなかった。


『ふぇーん……勇介君の隣に座りたかったよぉー』


 ホログラムの伏見が、顔をフニャフニャにして泣いてる。


 大袈裟だな。

 そこまで泣くことはないだろ。


 ──あ、実物の伏見までもが、眉を八の字にして泣きそうな顔になってる。


 今までなら、心の中でいくら悲しんでいても、実物は至ってクールな表情を保っていたのに。


 表情に出るほど、そんなに俺の近くにいたいって、思ってくれてるのか。

 ──こんなに可愛い子が。


 あ、ヤバい──



 キュンときた。



 情けない表情で俺をチラチラと見る伏見京香が──


 めちゃくちゃ可愛く見えた。



 こんな顔を見たら伏見の隣に座りたくなるけど、それは今は無理だ。

 せめても、と思って、俺は伏見の目の前の席に腰を下ろした。


「さぁー歌おうぜーっ!」


 俺の隣に腰掛けた嵐山が、元気な声を出してマイクを持ち上げた。


「だねー! 歌おう!」


 有栖川も拳を突き上げて、元気に叫んでる。


 コイツら二人とも、めっちゃ歌好きそうだな。



 まずは有栖川がダンサブルな曲を入れて、ノリノリに飛び上がりながら歌ってる。


 嵐山も有栖川の正面の席で片手を突き上げて、掛け声を出して一緒にノッてる。


 嵐山のヤツ。

 明るく爽やかで、音楽好きな雰囲気を醸し出してるが……


『うおおーっ! 有栖川さんの巨乳が、こんなに目の前でぶるんぶるん揺れてるーっ!』


 ホログラム嵐山は鼻の下をこれ以上ないくらい伸ばして、スケベ丸出しの顔をしてやがる。


 筋金入りのスケベだ。


 上下に体を揺らす有栖川の大きな胸が、制服の白シャツ越しに揺れてるのは、確かに圧巻だが。


 嵐山のヤツ、さっきからそこばっか見てるじゃないか、あはは。



 ──で、伏見と言えば。


 有栖川の歌に鼻歌で合わせながら、うつむいてリモコン端末を眺めてる。


 伏見が普段大きな声を出してるのなんか見たことがないけど……


 コイツ、カラオケ歌うのかな?



 ──なんて思いながら、うつむく伏見の頭頂を眺めてたら、ふと彼女が顔を上げて目が合った。


 伏見はぴくんと身体を震わせて、少し焦った顔をしてる。


『えーっ!? 勇介君にずっと見つめられてたのー!? いやーん、恥ずかしいー!』


 ホログラム伏見が、身体をくねくねさせて身悶える。


 実物の方はと言えば、ガッチリ動きが固まったまま、呆然と俺を見つめてる。


「どうした、伏見?」

「えっ、あっ、いやっ……」

「俺の顔になんか付いてるか?」

「あ……おほほー、何を言ってるのかしら、東雲しののめ君は? あなたの顔には、なぜか目も鼻も口も付いてるわよ」


 なぜか、ってなんだよ?

 目も鼻も口も、付いてて当たり前だ。

 俺はのっぺらぼうじゃない。


 伏見はあまりにも焦ってるのか、トークがめちゃくちゃだ。


 でもまあ、あせあせする実物の伏見って、なかなか可愛いな……


 ──ああっ、いかん!

 またキュンとしてしまったー!


 マズイぞ。

 このままじゃ、マジで伏見を好きになってしまう。


 ──落ち着け、俺!

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