第21話:伏見京香は危機感を抱く

 翌日の教室。

 朝から伏見京香はそわそわしてた。


 まあホログラムの伏見なんて、いつでもそわそわしてるんだけど。

 この日は本物の伏見でさえも、ちょっと固い顔をして、何度かチラチラと俺の方に視線を寄こしてる。


『ううーん。ええーっと……むむむ……』


 授業中も、伏見のホログラムが俺を見ながら唸ってる。


 いったいなんなんだ?


 ──と思っていたら。


『がんばって早く勇介君とお近づきにならないと……』


 ──なんて呟いている。


 そうか。

 昨日の有栖川の行動を見て、伏見は危機感を抱いてるようだ。


 しめしめ。

 これで、伏見の方から告らせることに、一歩近づいたかも。



 実物の伏見が時折俺をチラチラと見るのを、基本的には気づかないフリをしていた。


 だけどたまに、ふと伏見と目を合わせると、彼女はどぎまぎして、顔をあからめて、目をそらせる。


『いやーん、どうしよー! 勇介君と目が合っちゃったー! 恥ずかしい〜!』


 ホログラムはもじもじしてて可愛い。

 だけどそのホログラムも、ふと悲壮な表情を浮かべることがあった。


『でも上手く勇介君と仲良くなれるかな……自信ないよぉ……自分からアプローチするなんて、恥ずすぎる……ふぇーん』


 なんだ?

 やっぱりコイツ、かなりのヘタレだ。


 伏見のホログラムがあまりにオロオロして、悲しそうな顔を何度もするもんだから、何となく気の毒な気がしてきた。



 ──こんなに健気けなげに俺を想ってくれてる女の子の方から告らせようとするなんて……


 もしかして、俺って酷いヤツ?


 なんだかそんな気がしてきた。


 ──うーん。

 どうしたらいいんだ……



 その日の伏見は一日中そんな感じで、心の中もいつものハイテンションよりも、悲壮な感じの方が多かった。




そして放課後──


「ねぇーねぇー、勇介くーん」


 帰る準備をしているところに、有栖川が満面の笑みで近寄ってきて、めちゃくちゃフレンドリーに話しかけてきた。


 まあ教室内で『勇介ぴょん』なんて呼ばないだけマシだが……


 昨日初めてまともに話した相手に、ここまで親しげに話せるなんて、やっぱり有栖川は凄い。さすが距離感ゼロの女だ。


「カラオケ行かなーい?」

「へっ?」


 いきなりそんなことを言われて、俺は固まってしまった。


 有栖川の周りを見ても、相変わらずコイツのホログラムは見えない。


 どういう意図かはよくわからないけど、えらくまた積極的に近づいてくるもんだ。


 隣の席の伏見が、少し焦った顔でチラッと俺を見た。


『ええーっ? 有栖川さんが、勇介君を誘惑してるー? どうしよう、どうしよう!?』


 ホログラム伏見よ。

 誘惑は言い過ぎだ。


 それにしても……今までなら、いくら心の中でオロオロしてても、実物の方は極めてクールな表情を装っていた伏見が。


 少しとは言え、焦った表情を浮かべるなんて──やっぱりコイツ、相当焦っているみたいだ。


 このまま有栖川の誘いを受けたら、えらいことになりそうだな。

 ここはてい良く断わるべきか……


「嵐山君も行くって言ってるよー」

「あっ、そうなの?」

「うん!」


 嵐山も一緒なのか。


 自分だけ誘われてると勘違いしたことが、ちょっと恥ずかしい。


 嵐山を見ると、鞄に教科書を入れて帰る準備をしている。


『嵐山君も一緒なのかぁ。それなら、私も誘ってくれないかなぁ……いや、誘って欲しい! 勇介くーん! 私を誘って、誘ってーっ!!』


 ホログラム伏見が、懇願するような目で俺に訴えかけている。でも実物は、チラチラと俺を見るだけだ。


 おい、伏見京香よ。

 心の中でそんなに懇願しても、普通は伝わらないからな。


 想いはちゃんと、素直に声に出せるようになれよ。



 ──なんて偉そうに思っているけれど。

 俺だって伏見の立場だったら、そんな簡単に想いを口に出せないな。


 簡単に想いを伝えられるなら、みんな苦労はしない。


 しかし、俺が他人の心の中が見えるために、伏見の気持ちは俺には伝わっている。


 まあここは……


 伏見の気持ちを汲んであげるのが、優しさってもんだ。


「あのさ、有栖川。カラオケ行くのはいいけど、それならば伏見も一緒にどうだ?」


 有栖川に向かってそう言って、伏見を見たら、きょとんとしている。


 心の中では『誘ってー!』とか思いながらも、本当に誘ってもらえるとは思ってもみなかったようだ。


「えっ? わ……私?」


 伏見は戸惑った顔で、自分を指差している。


「うん。ダメか?」

「いいえ、ダメとかではないけど……なぜ私を誘うの?」

「なぜって言われても……一緒に行きたいな、って思っただけだ」


 一緒に行きたいって思った──

 なんて言葉が、なんの気なしに口から出るなんて、自分でも驚いた。


 心の中でオロオロしている伏見に気を使ってるところもあるけど、一緒に遊びに行きたいって気持ちが、自分の胸の中にあることも確かだと、今自分で気づいた。


 これって……

 俺が伏見に、本気で惹かれかけてるってことか?


 ──ヤバいな。


 元々伏見の隣の席になった時、こんなに可愛いくて人気女子とお近づきになれるかも、なんて喜んだことは間違いない。


 だけどもそれは、あくまで高嶺の花の女子と、ちょっと仲が良くなれればいいなってくらいの、軽い気持ちだった。


 それから伏見が、実は俺を好きだとわかって、しかもなかなかポンコツで面白いヤツだと気づいて……


 伏見から告白するようにしてやろうと思った。


 だけどそれは、いきなり俺が伏見を好きになったわけでもなくて、一種のゲームみたいな感覚だった。


 だけど、なんだろか、この気持ちは。


「そうねぇ……東雲しののめ君が、どうしても私に来て欲しいと言うなら……」


 伏見は冷たく淡々とした口調だ。

 相変わらず、高飛車な返しだな。


 伏見と一緒にカラオケ行きたい気持ちはあるけど、ちょっと意地悪もしてみたくなる。


「あ、ごめん。伏見が嫌なら別に……」

「えっ? あ……別に嫌とは言ってない……」


 伏見は急に声のトーンが落ちて、眉尻を少し下げた情けない顔になってる。

 こういった顔も、なかなか可愛い。


 俺も声のトーンを落として、伏見だけに聞こえるように、囁くように言う。


「どうしても伏見に来て欲しい……って言ったら、来てくれるか?」

「ひゃん……」


 伏見は声にならないような声というか、悲鳴というか、そんなものを口から漏らして、コクリとうなずいた。


 ちょっと頰に赤みが差して、目をパチクリさせてる。

 よし!

 今のセリフは結構効いたみたいだ。


「有栖川。伏見もオーケーみたいなんで、一緒に行っていいか?」

「うん……まあ、いいかな」


 有栖川はちょっと複雑な表情で苦笑いしながらも、快く承諾した。


「よし、じゃあ決まりだな。行こうか」



 そうして四人で、学校の最寄り駅近くにあるカラオケルームに行くことになった。

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