第18話:伏見京香は嫉妬する

 偶然店の前を通りがかった伏見を、マックに誘ったら。

 なんのために?

 ──なんて抜かしやがった。


 本音では誘ってもらって、めちゃくちゃ喜んでるくせに。


 なんと答えたら、伏見はついてきてくれるんだ?

 ああ、もうわからん!

 むずすぎる!


 ええい、くそっ!

 ストレートに言ってみるか!


「いつも教室では顔を合わせてるけどさ、たまにはゆっくり伏見と話をしたいと思ってさ」

「ふーん。それって、いつも教室では顔を合わせてるけど、たまにはゆっくり私と話をしたいってことかしら?」


 いや、だからそう言ってるだろー!

 なにクールな顔で、まんまおうむ返ししてんだよっ!


『ありゃりゃー。 あまりに嬉しくて、テンパって、ワケわかんないことを言っちゃったーっ! 勇介くーん、ごめーん!』


 あ……本音はそういうことか。

 わかったよ伏見、あはは。

 許してやる。


「ああ、そうだよ。だめか?」


 伏見はフッと小さく息を漏らして、ちょっとあごを上げて、美しい所作で片手で髪をかき上げた。


「わかった。東雲しののめ君の熱烈なる懇願に免じて、今回はお付き合いてあげるわ」

 

 おーい伏見!

 俺は熱烈なる懇願までしてたかー?

 誇張するんじゃねぇ!


 それに──今、噛んだよなっ!


 そんなにクールな仕草をしておきながら、今、間違いなく噛んだよなぁー!


『ふぇーん……ぐすん。せっかくツンツンクールキャラで決めたのに……噛んでちまいまちた』


 伏見……お前、落ち込み過ぎだ。

 更に噛みまくってるぞ。


 まあいい。

 ここは優しくスルーしておいてやろう。


「じゃあ、店に入ろうか」

「う……うん」


 伏見はとうとう素直に答えたけど、心なしか声の力が弱い。

 やっぱちょっと落ち込んでるみたいだ、あはは。


 まあ何はともあれ、伏見との面倒臭いやりとりも卒なくこなすことができた。





 伏見と一緒に店内に入ると、俺たちの姿を見つけた有栖川が、こっちを向いて手を挙げた。


「あっ、伏見ちゃーん! いらっしゃーい!」


 有栖川は満面の笑みでトテテテっと駆け寄ってきて、伏見の二の腕にガバッと抱きついた。


「あれ? 有栖川って、伏見と仲良かったっけ?」

「ううん。初めて話す〜」


 なんと。

 なんたるフレンドリーさ。

 有栖川は女子にも距離感ゼロなんだ。


 さっきは俺に気があるのかと勘違いした。

 ちょっと恥ずかしい。


「じゃあ座ってお話、しよー」


 有栖川はニコニコしながら伏見の腕を引いて、嵐山の隣に伏見を座らせた。


「えっ……?」


 伏見はきょとんとしてる。


 そして有栖川は俺の背中を押して座席に座らせると、自分はちょこんとその隣に座る。


 嵐山と伏見が隣同士。

 その対面に俺と有栖川。


 そんな座席配置になってしまった。

 ──というか、有栖川が、そうした。


「今日は東雲しののめ君と伏見ちゃん、二人も仲良くできて嬉しい〜」


 有栖川は大層嬉しそうに、俺に肩を寄せてくる。

 ホログラムは相変わらず見えないから、本心がなんなのかわからないけど。


 それに対して、クールな表情のままの伏見の本心は──


『なにあれー? なんで有栖川さんが、勇介君にべたべたするの? ムカつくー ウッキーッ!』


 ウッキーッって……

 小猿かよ。


 まあ相当イラついてるのはわかる。

 だけど表面上は至ってクールだ伏見京香。


 嵐山がちょっと不満そうな顔で、有栖川に訊いた。


「なんだよ有栖川さん。この二人と仲良くなりたかったのか?」

「うん。私ねぇー、クラスのみんなと仲良くしたいんだぁ。でも特にこのお二人さんとは、仲良くなりたいっ!」


 有栖川はVサインをしながら、俺と伏見の顔をチラチラっと見た。


「なんで?」

「なんでって嵐山くんっ! 決まってるじゃん!」

「なにが決まってるんだよ?」

「学年イチの超絶美少女、伏見ちゃんってどんな子か、興味ありありー」


 どんな子って……

 へたれでクールキャラを完全に勘違いしてる、ポンコツ野郎だよ。


「じゃあ勇介のことはなんで?」

東雲しののめ君は……いや、もう仲良くなったし、今日からは『勇介ぴょん』って呼ぶよー」


 ──いや、もう仲良くなったって認識かよ。勝手に変なあだ名で呼ぶな。



「勇介ぴょんは、とーっても優しそうでカッコいいから、前から興味があったんだぁー」

「はっ? 勇介が優しそうだって? ないない! コイツの中身は、単なるスケベ男だよ」

「おいっ、嵐山!」

「あっ……いやあ、悪りぃ悪りぃ」


 悪りぃじゃねぇよ。

 スケベ男はお前だろ。

 体育の時に、有栖川の巨乳に見とれてたのはどこのどいつだ?


 ──お前だよーっ!


 まあ俺もスケベは、否定できないけど……

 伏見にまで、俺の印象が悪くなったらどうすんだ?


 そう思って向かいの席の伏見を見たら、きっつい目線で俺を睨んでやがる。


 やっべぇ。

 伏見って真面目そうだから、エロとかスケベへの耐性が低そうだもんな。


「へぇー 勇介ぴょんってスケベなんだぁ……?」


 有栖川が見上げるように俺の顔を覗き込んできた。

 ちょっと鼻にかけた、甘えるような喋り方。

目を少し細めたエロい表情。


 そして──

 巨乳を強調するように胸を突き出して、身体をずいと寄せてくる。


 ちょいちょいちょい!

 やべーよ!

 まるで俺を誘ってるみたいだ!


 コイツはいったい何を考えてるのか?


「あっ……俺って、そんなにスケベに見えるか?」

「さあ、どうだろねーうふふ。男の子なんて、みんなエッチなんだから、それでいいよねぇ」


 うわっ!

 悪戯っぽい笑顔!

 そして甘ったるい声で、男のスケベを容認する発言!


 こりゃ、やべぇ。

 ほとんどの男子がやられちまうパターンだ!

 核弾頭並みの破壊力!


 有栖川は無意識にこんな態度なのか、何か狙いがあるのか……


 ──有栖川のホログラムが見えないから、全然真意がわからん!


 しかしどっちにしても、今は伏見の突き刺すような視線が痛い。


 なんか修羅場の予感がぷんぷんする。



 ちょっと身を引いて、伏見をチラッと見た。

 一見無表情に見えるけど、こめかみがピクピク動いてる。


 めっちゃ怒ってるんじゃないのかー!?


 俺は恐怖に身を震わせた。

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