第17話:有栖川綾はお近づきになりたい

 その日の授業が終わって、帰り支度をしている時のことだった。

 突然嵐山が声をかけてきた。


「なあ勇介。帰りにマック寄ってこうぜ」

「ああ、いいよ」


 何気なく答えた俺の隣の席から。

 ホログラム伏見の声が聞こえてきた。


『えーっ!? マックー? いいなーいいなーっ! 私も勇介君と、下校の時にマックとか行きたーい! それってなんか、付き合ってる! って感じだよねーっ! えっ? わーっ、付き合ってるとか言っちゃったー! どうしよ、どうしよーっ!?』


 ──いや、別にどうもしねぇから。

 付き合ってないし。

 一人で心の中で悶絶してろ。


 だって嵐山が一緒にいるのに、伏見を誘うわけにはいかないだろ。


 チラッと伏見を一瞥すると、素知らぬ顔で通学鞄を肩にかけて、伏見はすたすたと教室を出て行った。


 さすがだ伏見京香。

 表向きは、なんの興味もないふりを貫いている。


「じゃあ行くべ」

「だな」


 嵐山の声にシンプルに答えて、俺達も教室を出た。

 そして学校の最寄り駅の前にあるマックに向かった。






「あっ、東雲しののめくーん! 待ってたよーっ!」


 マックのカウンターで嵐山と一緒にコーラを買って、座席に行ったら、なぜか有栖川ありすがわ あやがいた。

 座ったまま嵐山に向かって、満面の笑みで手を振ってる。


「えっ? ええーっ!?」


 こ……こいつら、もしかして……


「嵐山。お前ら、付き合ってたのか?」

「あ、いや、ちげーよ! 有栖川さんがさ、お前と仲良くなりたいって言うから……」

「えっ? 俺っ!?」


 自分の顔を指差す俺に、嵐山はこくんとうなづいてる。

 マジか?

 どういうこと?


 有栖川が席から立って、トッテッテって感じで軽やかに歩いて近づいてきた。

 やっぱりめっちゃちっこい。


「東雲君、待ってましたー!」


 くりっとした目を輝かせて、にっこり笑いかけながら、どんどん近づいてくる。

 栗色のショートソバージュに、こぢんまりとした顔。

 ちょっとぽてっとした唇も愛らしくて、まさに小動物系可愛い女子。


 完全すっぴんでリップクリームくらいしかつけない伏見と違って、有栖川はナチュラルだけどメイクもしてて、そこも可愛い女の子ってオーラが出てる。


「お、お、お、おい!」


 さすが距離感ゼロの女。

 普通なら立ち止まる距離から、さらに近づいてきて、小柄だから頭の真上が見えるくらい。


「はいっ?」

「ち、近い、近い!」


 俺の胸に触れるかってくらい近い距離で、有栖川は俺を見上げた。

 きょとんとした顔だけど、さすがに可愛い。


 でもその見上げた顔よりも、俺の目に飛び込んできて気になるのが──


 男子連中絶賛の巨乳。

 上から見るもんで、制服の白シャツのこんもり盛り上がった襟元から、胸の谷間が見えそうだ。


 いや、下着ならちょっと見えた。

 鼻血が出そうでヤバい。


「もうちょい、離れろっ!」

「あっ、ごめーん。ついつい」

「なにがついつい、だよ!」


 ──あ。

 有栖川のその向こうで、嵐山が俺達をジトッとした目で睨んでる。

 何も喋ってはいないけど、横に立ってる嵐山のホログラムが、地団太踏んで悔しがってる。


『くっそ、勇介! いつも有栖川さんと二人でいる時は、この子は俺に気があるんじゃないかってくらい、べたべたと俺に触れてくるのにっ! 勇介が来たら勇介が主役かよっ! 悔しーっ!』


「ほら、有栖川。女子が男子に、そんなに気軽に近づくな。嵐山も睨んでるぞ」

「えっ?」


 有栖川は振り返って、恐ろしい形相で睨む嵐山を見た。


「あっ、そーだねー わかったよー じゃあ座ろっ!」



 有栖川はぴょこんと飛び上がるようにして、座席に腰かけた。


東雲しののめくーん。ここ、ここっ!」


 有栖川は自分が座ったすぐ横の座席を、片手でぽんぽんと叩いてる。

 横に座れってか。


 こいつの意図は、いったいなんなんだよ?


 ──ん?

 あれっ?


 有栖川のホログラムが見えない。

 どっか他のところにいるとか?


 店内を見回してみたけど、いない。


 他の客や嵐山のホログラムはちゃんと見えるから、この前みたいにホログラム自体が見えなくなったわけじゃない。

 有栖川のホログラムだけが見えないんだ。


 つまり──

 俺には有栖川が考えてることがわからない。


 なんで?

 なんで有栖川だけが、心が見えないんだ?


「キョロキョロしちゃってどうしたの~東雲しののめ君? 誰か探してる?」

「あ、いや、別に……」


 ──うーん、謎だ。

 だけど有栖川本人に訊くわけにもいかないし。


「じゃあ、ここ、座りなよー」


 仕方なく、俺は有栖川の隣に腰かける。

 意図がわからなけりゃ、普通に本人に訊くまでだ。


「あのさ、有栖川」

「ん? なになにー?」


 その時、有栖川の背中の方にある窓から。

 外を歩きながらこちらを覗くように見てる女子が目に入った。


 ──なんと伏見京香だ!

 珍しく目を見開いて、驚きの感情を顔に表してる!


 まずい!

 まずいところを見られたかも!?


 でもこのままにしとくよりも、とにかく伏見に声をかけよう。


「あ、嵐山。ちょっと待っててくれ」

「ん? なんで? あれ……伏見……さん?」


 嵐山も窓の外に伏見がいることに、気づいたみたいだ。


 俺は急ぎ足で店から出て、立ち去ろうとする伏見を追いかけた。


「おーい、伏見!」

「あら、東雲しののめ君。こんなところで何をしてるのかしら?」


 立ち止まって振り向いた伏見は、とぼけて、だけどこれ以上ないくらい冷たい口調で問うてきた。


『ええーっ? いやーん! なんで勇介君が、他の女の子と一緒にマックにいるのーっ!? も……もしかして、彼女だとかーっ? いやーん!!』


 まあここは、正直にストレートに事情を説明するのが一番だな。


「嵐山に誘われてここに来たんだ。そしたら有栖川も居てさ。嵐山が誘ったそうなんだ」

「ふーん。じゃあ、また明日」

「おーい、待てよ伏見!」

「何かしら? 何か私に用?」

「いや、あの……よかったら伏見も、一緒に来ないか?」

「あら、東雲君。それは新手のナンパかしら?」

「いやいや、なんでナンパなんだよ? 俺達は元々知り合いだろうがっ!」

「あら失礼。じゃあ誘拐? 『一緒に来たらお菓子をあげるよー』なんて言うつもり?」

「言うかいっ! お前は小学生かよっ! 俺は普通に、マックに一緒に来ないかって言ってんだよ!」

「私がマックに? 何のために?」


 いや、伏見京香よ。

 何のためにって……そんな答えにくいリアクションをするなよ。

 だってお前、本音では……


『やったーっ! 今の説明だと、勇介君と有栖川さんはなんの関係もないみたいねー! しかも勇介君と一緒にお茶できるなんて! ばんざーい、ばんざーい!』


 ホログラム伏見は、激しく万歳三唱をしてるじゃないか。

 めっちゃ喜んでるくせに、何のために、だなんて……


 なんて答えたら、お前は素直にオーケーするんだ?

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