第8話:伏見京香はモテ男から好かれる

 ある日の昼休み。

 いつものように学食で嵐山と昼飯を食ってたら、隣の隣の席から、気になる名前が聞こえてきた。


「なあ坂本。お前、伏見京香って子と同じクラスだろ?」

「はい。そうですけど、伏見がどうしたんすか、西園寺キャプテン」


 坂本は同じクラスの男子で、サッカー部のやつだ。

 対面に座ってるのはサッカー部キャプテンの西園寺だな。


 西園寺は一つ上の二年生で、日焼けした顔に茶髪のツンツンヘア。

 ちょっとワイルドな超イケメンだ。


 サッカーの方も一学年上を差し置いて監督からキャプテンに指名された、スーパープレイヤー。


 今のウチの高校で、一番モテる男子として有名人だ。


 だけど女癖が悪いって噂もあるし、俺はあんまりいい印象を持っていない。


「伏見って子は、彼氏はいるのか?」

「いや、いないっすよ。何人も告ったけど、全員振られたって話っす」

「ふーん。誰か好きな男がいるのか?」

「いやぁどうでしょう? わかんないっすけど、あのクールな美少女に釣り合う男なんて、なかなかいないっすからねぇ」

「そうか。なあ坂本」

「なんすか?」

「俺に伏見京香を紹介してくれ」

「えっ? ……いいっすよ。西園寺さん、伏見がお気に入りなんすか?」

「ああ、まあな」

「まあ確かに、西園寺さんならあの伏見とも釣り合いが取れるっすね」

「だろ?」


 西園寺は、あっはっはと笑ってる。


 すげぇな、伏見。

 あの超モテ男子の西園寺に気に入られるなんて。


『あぁーあ。また西園寺キャプテンの悪い癖が出たよ。可愛い女の子を見つけたら、すぐに食い散らかすんだから』


 ──ん?

 これは坂本のホログラムの声だ。

 呆れた顔で、肩をすくめている。


 やっぱり西園寺の悪い噂は、ホントなんだ。


『ふっふっふ。久しぶりの超上玉だ。あの子、スタイルもいいし、楽しみだ』


 西園寺のホログラムなんか、いやらしく笑ってる!

 噂どころか、マジ悪いやつじゃん!


 上玉なんて言葉遣い、まるで時代劇の悪代官並みのワルだ!


「おい勇介。ボーッとしてどうした?」

「あ、いや別に……」


 怪訝な顔の嵐山に、笑って誤魔化した。

 だけど気になるな、西園寺ってやつ……





 一日の授業が終わって帰り支度をしてたら、坂本が近づいてきて、隣の席の伏見に声をかけてきた。


「なあ伏見さん。ちょっといいかな?」

「なに?」

「ちょっと来てくれる?」

「なんのために?」


 伏見は通学バッグを肩に掛けながら、坂本にクールに答えてるけど……


『いやーん! なに? 私、体育館裏に呼び出されて、きっとボコられるんだわーっ! お礼参りってヤツ!?』


 伏見のホログラムはブルブル震えてビビってる。


 なんでそんな発想になるんだよっ!

 お礼参りをされるような行動を、何かしたのかよっ!?


 ヘタレのくせに、そんなことはしてないだろう?


「あ、いや、ちょっと……来てくれたらわかるから」


 坂本は実物もホログラムも焦った顔をしてる。


『頼む、伏見! とにかく来てくれ。お前が来てくれないと、第二校舎の裏で待ってる西園寺キャプテンに俺がボコられる!』


 やっぱり西園寺の差し金か。

 おい伏見、ちゃんと断るんだぞ。


『あーん、怖いけど……人の頼みを断れにゃい……』


「わかった。行くわ」


 おーい伏見!

 何をクールに承諾してるんだよ!


 伏見は俺には冷たく毒舌を吐けるくせに、他の人に対してはホントにへたれだ。


 でもこれはやばいぞ。

 坂本に付いて、伏見が教室を出て行ってしまった。


 第二校舎の裏って言ってたな。

 あそこには裏庭みたいなスペースがある。


 あそこに面してるのは理科実験室で、普段は人目につかないから、こくる場所の定番となってるところだ。


 俺は急いで理科実験室に向かった。




 理科実験室に着いて、室内を覗くと、幸い誰もいない。

 実験用の大きな机が、ガラーンとした室内で、寂しく鎮座してる。


 中に入って窓から裏庭を見たら、すぐ近くに一人で立つ西園寺の姿が見えた。


 ヤツに気づかれないように、理科実験室の窓を静かに、少しだけ開けた。

 そして窓の下に壁を背に座って、身を隠す。


 これで会話が聞こえるはずだ。


「ああ、伏見さん。悪いな、呼び出して」


 西園寺の声がして、その後に坂本の声が聞こえる。


「じゃあ伏見さん。俺はこれで」

「えっ? 坂本君……」


 伏見の戸惑う声に被せるように、また西園寺の声がした。


「あのさ、伏見さん」

「はっ……はいっ!」

「俺はさ、君のことが好きなんだ」


 おおーっ、いきなりストレートな告白!

 すごいな、西園寺!

 やっぱりモテる男って、こうなのか?


 ──って、感心してる場合じゃねぇ!


 伏見!

 ちゃんと断れよ!


「あ……あの……」


『ふぇーん! うそっ!? この人って、サッカー部のキャプテンよね? めっちゃモテるって有名な。すっごいイケメンだわ……』


「俺と付き合って欲しい!」

「な……なんで、私なんかと?」

「伏見さん。前から君のことが気になって、ずっと好きだったんだ」

「だって……話したこともないし……」

「いや、君のことは誰だって知ってるよ。君みたいに可愛い子を、ぜひ彼女にしたいんだ!!」


『いやーん、どうしよ、どうしよ……?』


 伏見のホログラムの声だ。

 なんだよ伏見。

 どうしよって……迷ってるのか?


 西園寺と付き合うのも、ありってことか?

 マジか?


『よーし、ここで爽やかな、はにかみ笑顔だ! どうだ、カッコいいだろ? これでどんな女だって落とせる!』


 今度は西園寺のホログラムの声だ。

 やっぱり単なるテクニックで伏見を落とそうとしてるだけで、誠実さの欠片もない。

 だめだぞ伏見、騙されちゃ。


『うっわ、めっちゃ爽やかに笑ってるーっ! ホントにどうしようー!?』


 でもちょっとショックだ……

 俺のことを好きだと言ってくれてたのに、超モテ男とは言え、西園寺の告白で迷ってるなんて……


『それにしてもこの女。近くで見たら、思ってたよりももっと美人だ! 今まで出会った女の子で一番だよ。それにこの形のいいおっぱい! 美味うまそうーっ!』


「ねえ、いいだろ、伏見さん。俺は真面目にお付き合いしたいんだよ」


 おい、西園寺っ!

 何が真面目にお付き合いしたいだ!?

 下心の塊じゃねぇか!


 こんな男と付き合うか、どうしようかなんて、迷っちゃダメだよ伏見!


『わーっ!!!! どうしよう、どうしよう…… どうやって断わろう!? この人、なんかやだーっ! 勇介くーん、助けて~!!』


 ──はっ?

 どうしようって……どうやって断わろうって意味だったのか?


 しかも俺に助けを求めてるよ。

 あんなにモテ男のイケメンに迫られてるのに!?


 伏見京香!

 お前、思ったよりも人を見る目があるじゃないか!


 ──すまん、伏見っ!

 お前を少しでも疑った俺が、バカだった!!


 すぐにそっちに行くから、待ってろ伏見!

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