第7話:伏見京香は応援する
伏見が当たる予定の問題を、俺は全力で解き始めた。
『うっわーっ、うっきゃーっ、すっごいスピード! さっすが勇介君! がんばれー!』
伏見京香よ。
集中がしにくいから、ちょっと黙っててくれ。
『フレーフレー勇介くーん! がんばれ、がんばれ勇介くーん!』
──いや、これはコイツの心の声だ。
俺の邪魔をしてるなんて自覚は、毛頭ないに違いない。
それに、伏見の心の声が聞こえることにも、少しは慣れてきた。
俺を応援してくれる声。
ワーワーキャーキャーとうるさいんだが……
まあなんか、やる気につながるって気もしてきたよ。
よし、任せろ伏見。
やってやろうじゃないか。
一人目、二人目、三人目と解答の発表が進む。
こんな時に限って、みんなスラスラと答えやがる。
いつもなら迷ったり言い淀んだり、もうちょっと時間がかかるのに。
あと一人が答え終わるまでに、伏見の分の解答を書ききらなきゃいけない。
『あーん、まだ解き終わらないのー? もうすぐ私の番だよー ヤバーい、ヤバーい、ヤバーい』
またホログラム伏見が、お経のように、ヤバーいを唱えてるよ。
くそっ!
がんばれ、俺っ!!
──四人目がしどろもどろになって、少し時間を食ってくれたおかげもあって……
まだ四人目が発表中に、なんとか解答をノートに書き終えた。
「伏見。解答が書けた。正しいかどうか、見てくれ」
俺はノートを、伏見の机にパサっと置く。
彼女はノートを手にして、俺の解答をじっくり読んでる。
『勇介君すごーい! 凄すぎるーっ! あっという間に解答しちゃったよ! 正しいかどうかなんて、私には全然わかんないけどーっ!』
あはは。
やっぱりわからないんだな。
あのまま伏見が自力で解答したら、コイツは大恥をかくところだったってことだ。
「よし、いいぞ。座れ」
四人目の生徒がようやく解答を言い終えて、教師が座る指示をした。
いよいよ次は伏見の番だ。
コイツが発表する前に、やることをやっとかないと。
「あっ、先生!」
「なんだ、
「あの……トイレ行ってきます!」
「はぁっ? お前、この前も俺の授業中にトイレに行ったよな? 我慢できないのか?」
そんな教師の言葉は無視して、俺は教室の出入口に向かう。
「ごめん、先生! 俺、頻尿なんだよ。我慢できないから、トイレ行ってくるー!」
「わかったけど、早く帰ってこいよ!」
「いや、漏れそうなくらい溜まってるから、ちょっとゆっくりさせてくれー!」
それだけ言い残して、俺は教室を飛び出した。
教室のあちらこちらから、くすくす笑う声が聞こえる。
「
「頻尿だって……」
そんなひそひそ声まで聞こえる。
俺が教室にいたら、伏見は俺の目の前で人が書いた解答を発表なんかできないからな。
伏見が解答できなくてかく恥に比べたら、俺がトイレのことで笑われるなんて、まあ大したことはない。
トイレに時間がかかるってことも言っといたから、伏見も落ち着いてゆっくり発表できるだろう。
がんばれよ、伏見京香。
トイレで10分くらい時間を潰して──教室に戻った。
既に伏見は発表を終えたみたいで、授業は今日の単元に進んでる。
「あ、ごめんな伏見。俺の解答を見てくれなんて言っときながら、トイレに行っちゃって」
伏見はクールな無表情で俺をチラッと見て、
「ノープロブレムよ」とだけ答えた。
「あの……俺の解答、合ってたかな?」
「そうね。私の解答とまったく同じだったし……私の解答は、先生が完璧な答えだと言ってくれたから、合ってたわ」
そりゃ、まったく同じだろうよ、あはは。
クールに言い放つ伏見の態度がおかしくて、笑いが漏れそうになるけど、ここは我慢だ。
「これからは宿題を忘れずにやってくることを推奨するわ、
そうだな。
俺も
「あ、そうだな。心するよ」
俺のその言葉には何も答えずに、伏見は前を向いて教師の声に耳を傾け始めた。
──いや、伏見はそういう
だって横に立ってるホログラム伏見が──
『いやーん、ごめんね、勇介くーん! ありがと、ありがと、ありがとー! 大大大感謝ーっ! でもやっぱり勇介君って、ホントすっごーい! 尊敬ー!』
目をきらきら輝かせて、俺の方ばかり見てる。
おい、伏見京香よ。
お前、ふりをしてるだけで、全然先生の話なんか聞いちゃいないだろ。
そうは思うけど、まあこれだけ感謝してくれてるのは、悪い気分じゃない。
伏見は実物もホログラムもホント美少女だし。
正直に言うと、男としては、まあ……嬉しいぞ。
俺は心の中で、そう呟いた。
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