第6話:伏見京香は当てが外れる

 肩までの美しい黒髪。

 少しクールな感じの美少女。

 決して巨乳ではないが出るとこは出て、締まるところは締まって、スタイルもいい。


 まとめて言えば──彼女はトップアイドルかよ、っていうくらい可愛い。

 ほとんどの男子にとって、高嶺の花。


 もちろん伏見は、俺にとっても高嶺の花だった。


 ──ついこの前までは。


 だけど俺はある日突然、まるでホログラムのように、他人の本心や本音の態度が見えるようになった。


 だけど伏見がなぜ俺に惚れているのか。

 そして伏見 京香とはいったいどういう女の子なのか。

 それはまだわからない。





「あら、おはよう東雲しののめ君。相変わらず朝から、パッとしない顔をしてるのね」


 登校したら、今朝も隣の席の無表情な伏見から、昨日、一昨日とまったく同じセリフで迎えられた。


 伏見はもしかして、この挨拶を誰かに義務づけられてるのか?


 うるせぇよ。

 俺は毎日この顔だ。


 俺も、まったく同じツッコミを心の中でしておいた。


 だけどホログラムの伏見は──つまり心の中の彼女は、にこにこして手を挙げて、元気いっぱいの挨拶をしてる。


『勇介くーん、おっはよーい!』


 伏見 京香よ。

 ツンデレよりもそのキャラの方が、百倍好感度が高いぞ。


 ……あ、いや。

 こういうキャラがウザい時も結構あるな。



 でも心の中とは真逆に、普段の彼女を見てると口数が少ないし、無表情でクールな時がほとんどだ。


 つまりはクールキャラは演技じゃなくて、伏見の本当のキャラなんだろう。


 きっとコミュ障なんだ。


 訳の分からないツンツンキャラは、伏見が意識してやってる演技なんだろけど。





 一時間目、数学の授業が始まると、いつものようにホログラム伏見のこもった声が、隣の席から聞こえてくる。


『今日は数学の宿題の答えを当てられる日だから、かんっぺきにやってきたわよん。勇介君の前でカッコ良く発表するんだー たまには勇介君に、いいとこ見せないとねー』


 なるほど。

 数学の教師は割と座席の順番に当てて答えさせることが多い。

 しかも前回の授業で最後に当てたヤツを覚えてて、次回にはその続きから当てるパターンがほとんどだ。


 それからすると……

 伏見は今日、一番目に当てられるってことか。


 今回の五問は証明問題だからちゃんと宿題でやっとかなきゃ、なかなか答えられない。


 伏見京香よ。

 ちゃんとやってきたのは、賢明な判断だ。


 よし、伏見のいいとこ。

 しっかりと見届けてやろうじゃないか。


「さあ前回の宿題だが、全部で五問だ。五人に答えてもらうぞー」


 数学教師がニヤニヤしてる。

 なんとなく嫌な予感。


「じゃあ一問目は伏見……と言いたいところだが、今日は逆順にいこう。つまり山田が一問目で、伏見は五問目を答えてもらう。まずは山田、一問目を答えろ」

「はいっ」


 山田君が立ち上がる。


『ひぇっ? 私が五問目……? 一問目しか、やってにゃい……』


 はぁっ?

 ホログラム伏見のこもった声が、信じられない発言をした。


 同じやるなら五問ともやってこいよ。

 とんだ手抜き野郎だ、コイツ。


 伏見を横目で見たら、教師をガン見して、頰がプルプル震えてる。


『おわた……私は何も答えられないで、この教室中に生き恥を晒すんだ……』


 ホログラム伏見はわかりやすいくらい青い顔をして、がっくりとうなだれている。


 実物の伏見は微動だにしない。


 おいおい。

 幸い伏見は当たるのが五番目なんだから、今からでも頑張って解けよ。


 自分が当たるまでに、10分くらいはあるだろ。


 そう思うけど、伏見は固まって動かない。


『今からなんて無理だ……昨日の夜、一問解くだけでも一時間もかかったのに……』


 おおーい!

 たった一問に、どんだけ時間がかかるんだよっ!


 でも確かに、それじゃあ今から解くのは到底無理だ。


 んー……どうしたらいい?


『あーん、どうしよー 勇介君なら、こんなの、ちょちょいのちょいで、わかるんだろうなぁ……』


 そのとおりだ。

 俺はこんな問題くらい、当てられたらアドリブで答えられるから、宿題なんかやってきてない。


 だからこの前みたいに、俺のノートをこっそりと伏見に見せるのは無理だ。


 いや……今からでもノートに解答を書くか。

 でも伏見がちゃんと答えられるようにするには、丁寧に書かなきゃいけない。


 なんと言っても証明問題なんだから、それは結構手間がかかりそうだ。


『勇介君に教えてもらいたいけど……教えて欲しいなんて、絶対にそんな素直なことは言えない! だって私のツンツンキャラが崩れちゃう! だから無理ーっ!』


 いやいや、こんなピンチの時くらい、デレっ子モードを使えばいいだろっ!

 どこまでツンツンキャラにこだわってるんだよ!


 厄介なヤツだなぁ……


『ましてやその部分の宿題をやってないなんて、そんなまるで私がアホみたいなことを、言えるはずもないわー!』


 ──いや、お前はアホだ。

 間違いなく。


 でも俺が書いた解答を伏見に渡すには、それなりの理由付けをしないと、コイツは素直に受け取らないってことだ。


 うーん……コイツのプライドを傷つけずに、うまく解答を教えてやるにはどうしたらいい?

 

 悩んでる時間はない。

 とにかく思いつきでもなんでも、やってみるしかない。


「あのさ、伏見」

「なに? 授業中よ」

「わかってる。ちょっとお願いがある」

「なに?」


 伏見の態度は冷たさ満点だけど、本音は──つまりホログラムの態度は真逆だ。


『うわーっ、勇介君が私にお願いだってー! なんか嬉しいよー! なんだろ、なんだろ?』


 ホログラム伏見は顔をくしゃくしゃにして、悶絶しながら喜んでる。


「俺さ。伏見が答える五問目だけ、宿題してくるのを忘れたんだ」

「へー……バカね」


 うるせぇーっ!

 バカはお前だっ!


 ……あ、いや。

 今は落ち着こう。


「……でもその五問目に、すごく興味があってさ」

「ふーん。……で?」

「今から伏見が発表するまでに、がんばって自力で解いてみるから、正しいかどうか、伏見に見てもらいたいんだ」

「私が発表するまでに……? 東雲しののめ君の解答を見てもらいたい……?」

「ああ。まぁめんどくさいかもしんないけど、俺を助けると思って、見てくれ」


 俺の言葉を聞いて、ホログラム伏見が目をパチパチさせて、飛び上がってる。


『ふぇーっ! 数学が超得意な勇介君の解答を見れるのー!? ラッキーだわっ! こんなラッキーが、降り注ぐなんて、やっぱり私の日頃の行ないがいいからだよねー!』


 いや、ラッキーでもなんでもないよ伏見。

 俺の優しさだよ。


 それにしてもホログラム伏見のヤツ。

 いったい何回するんだってくらい、万歳をしてる。


 そんなに激しく万歳をしたら、肩が抜けてしまうぞ。

 あ、実体のないホログラムだから大丈夫か。


「まあ仕方ないわね。そこまで言うなら、見てあげないこともないわ」

「ありがとう」


 コイツ……あくまで強気を崩さないつもりかよっ!


 ま……まあ、いい。

 今はそんなことより、伏見の順番が来るまでに、コイツが理解できる丁寧な解答を書き上げられるかどうかだ。


 ──よしっ、やるかっ!


 俺は自分が持ち得るすべての力を動員して、全力で解答を書き始めた。

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