ちょっと待て、28になるまではアラサーって言わないから

ミモザ

第1話 カフェオレ

「ミカって子がいるんだけどさ、仕事に生きるーとか言っちゃってて」

「うんうん」

「彼氏はいなくていいかなーとか言ってんだよね」

「うんうん」

「でもさー、彼氏がいないのって寂しくない?って言ったらさ、寂しさは全然ないんだーとかってめっちゃ早口で言うわけ」

「うんうん」

「いや、ほんとにそう思ってないだろうなーって感じでさ。なんかそう言うのって分かるよねー」

「うんうん、分かるわー」


 午後から休みが取れた木曜日。平日に休みが取れることなんて奇跡のようなものだから、美容室でトリートメントをしてもらった。美容室を出たらまだ4時半だったので、気になっていたカフェに行ってみた。入口はウッド系のナチュラルな感じで、入って見ると雑誌で見るようなキッチン道具。レジが左側にあって、横にはショーケースに入ったマフィンがかわいらしく並んでいる。こんなかわいいカフェ、見つけられて嬉しいなと思いながら、カフェオレを注文して、2階の窓際の席で待つことにした。ラテアートが楽しみだな、でもなかなか来ないなと思っていた時に、聞こえていたのが隣のカップルの会話だった。

「ユウくんさあ、ミカの顔見たことあったっけえ?」さっきからカン高い声で喋り続けている。よくもまあ、こんなにつらつらと言葉が出てくるものだな。

「あー、ないと思うわあ」さっきから『うんうん』しか言っていない彼氏が、ようやく4文字以上の言葉を返す。

「これだよこれ、ちょっと見てー」スマホを15回くらいスクロールして、画面を見せる。「ああーこの人ね」

「そうー。ミカさあ、25になったら結婚考えるんだってさあ」スマホ画面を見ながら高い声で笑う。

「あーそういう感じね」

 おいおい。この彼女、そうとう性格悪いぞ。知り合いの顔を彼氏に見せて明らかにこき降ろしてるんですけど。さっきからユウくんは『うんうん』しか言ってなくて興味なさそうだし。でも男はこういうカン高く喋る系の、かわいらしい女の子が好きなんだろうな。でもこの子の何がいいんだろうと、半目になりながら思う。早くカフェオレよ来い。

「私らさあ、24じゃん?もう結婚とか考える時期じゃん?それなのに25になってから結婚考えるとかさ、遅すぎない?ていうか甘く考えすぎじゃない?」うるさいなあ、ほんと声が高い。

「25から彼氏作ってー、相手と合うか確かめてー、1年はかかるでしょ?ていうかそこまでトントンいくかっていうね、見積もり?見通しが甘いと思うんだよね!」

「あー、なるほどね」おい彼氏、ちょっとマシな意見を言いなさいよ。その、あんたがかわいいと思ってんのか、つまんねー話してんなと思ってんのか分からない彼女によ。

「ねー、どう思うー?」スマホ画面をもう一度彼氏に見せる。いけ!今言え、彼氏!私は、ほっぺがピンクのパッパラパーな24歳に対してひと泡吹かせる言葉を念じた。

「んー。まあ、そんな感じの顔してるよね」え?思わずフリーズした。

「25歳ってさーもうやばいじゃん。そこから結婚とか、すぐできるような顔じゃないねー」

「だよねえー!」

 ……まじか。味方かと思っていた男性の言葉に、まさかのしっぺ返し。え、おまえもそう思ってんの?どういうこと?自分らが24で相手がいるからの余裕ですか?なんなんすか。その相手いないとやばいでしょ思想とか、25からじゃ間に合わないでしょ偏見とか、挙句の果てに『そんな感じの顔』って。なんだよおまえら、どんな顔ならいいんだよ、くそったれ。


 カフェオレが来ないのも忘れるくらい、半目になって息を吐いていたところ、ようやく店員が階段を上がってきた。私の注文だ。

「あーもう行こっかあ」彼女のバッグを荷物入れから取り、「ん」と渡す彼氏。

 はー嵐が去った…。はたと、私もバッグに手をかける。そうそう、髪の毛をケアして幸せになったところで、明日の仕事に向けて資料を読もうと思っていたんだった。カップルの話が気になりすぎて忘れていたわ。

「お待たせしましたあ」店員の明るい声。

「ありがとうございます」視線を上げて、にっこり笑顔で返し、よいしょとカフェオレと向かい合う。……が。あれ。思っていたのは、ハートとか木が描かれたラテアート。まあ、動物が書かれたかわいらしすぎるアートも、好きではないが嫌でもないので許容範囲。しかし、目の前に来たのは、ゆるい、薄い茶色をした、ただの液体であった。

 そうか……私が頼んだのは、確かに『カフェオレ』だった。欲しいのは『カフェラテ』なのに、あのアートの感じなのに。あーしくじった。でも飲まないわけにはいかないし、自分で間違えたんだし。

 自分のアホさにため息をつきながら、一口飲む。特別においしくもない液体が喉を通っていく。その時、窓ガラスの向こうにさっきのカップルが写っていた。黒いSUVに向かって、彼氏がロックを解除する。

 なんだかなあ。あんなアホみたいな女でも、ああいう車に乗せてくれる彼氏がいるんだよなあ。カフェで仕事の書類を読む自分って結構好きだけど、なんか、人間として幸せなのはどっちなんだろう……。ミカも、私みたいなタイプなのかなあ。私の友達も、私のことをあんな風に思っていたんだろうか。でも、ミカはまだ24だから時間に余裕がある。大丈夫、あんなアホに言い含められてしまう男よりも、もっとミカの良さを分かるいい男と結婚してやれ。大丈夫、24なんてこれからまだまだ人と出会うチャンスもあるし、可愛がってもらえる年齢だから。だから、大丈夫。

 ……そう、ミカは大丈夫なんだよ。本気で大丈夫じゃないのはこっちだよ。

「25から彼氏作ってー、相手と合うか確かめてー、1年はかかるでしょ?ていうかそこまでトントンいくかっていうね、見積もり?見通しが甘いと思うんだよね!」あの高い声がこだまする。

「29から彼氏作ってー相手と合うか確かめてー、見通しが甘いと思うんだよね!」

 あー耳が痛い。さっきの彼氏は運転席に座り、彼女と談笑している。彼女は膝の上にさっきのカバンを載せて、小さな鏡を見ながら前髪を気にしている。

 自分に無いものだなあ。あれだけの自信も、隣にいる男も、あの小さなバッグも。私の愛用するのは、A4がばっちり入る勤務用バッグなのだ。黒いSUVは、左折して駐車場を出ていった。一口しか飲んでいない『カフェオレ』が、私を見つめている。

「なんだかなあ」

 車がいなくなったスペースを見た後、ぐいっとカフェオレを大きく飲んだ。仕事の書類をクリアファイルから広げる。いいんだ、今私がすることは、明日の仕事の書類を読むことなのだ。

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ちょっと待て、28になるまではアラサーって言わないから ミモザ @around30y

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