機械の命の選別
下垣
機械の命の選別
人類がAIを手に入れてからどれだけの世紀が過ぎただろうか。昔の人間はAIが人間を支配する時代が来ると言っていたが、そんなことはなかった。人類はAIやロボットの個体数制限することによって、彼らの支配を免れたのだ。
いくらAIが優れた知能を持っていると言っても規制されているなら人間にも分がある。人間の仕事を奪いかねない一定以上の優れたAIは規制の対象となり、本当に一部の選ばれた富裕層や大企業しか持つことが出来ない。それも数が規制されているから人間の職を必要以上に奪うことはなかった。
AIが規制されていても常に新しい技術のAIやロボットは開発され続けている。では、個体数が規制されている状況で新たな技術を持ったロボットが登場したら一体どうなるのだろうか……答えは簡単である。役立たず、不要と判断されたロボットが処分されるだけなのである。
今日も新たなロボットが開発された。災害救助用のロボットである。災害救助用ロボットは人命に関わることなので他の分野に比べて枠が広いが、それでもレスキュー隊の職を奪ってはならないという理由から個体数が制限されているのである。
今回開発されたロボットは、【S-Nail】というカタツムリ型のロボットである。カタツムリ同様に軟体動物のような挙動をして人間ではとても入れないような狭い場所にも入っていける優れたロボットである。
小型の殻の中に回路が積まれている構造で、この殻よりも大きい穴なら簡単に潜入することが出来るのだ。更にカタツムリ同様壁にへばり付くことも出来て色んなところに行くことが出来るのだ。
これはとても優秀なロボットなので既存のロボットの誰かを犠牲にしてでも導入する価値がある。問題は一体誰がその判断をするのかという問題だ。
昨今のAIはかなり発達していて人間と近い感情を持っている。怒り、悲しみ、喜びと言った感情はもちろん、恐怖という感情もAIは手に入れたのだ。
AIは処分されることを知った時酷く恐怖をする。それを普通の人間が見たら彼らに共感しまともに誰を処分すべきか選定するのは難しいだろう。だが、誰かがこの仕事をしなければならない。その仕事を遂行する処刑人の名はシルバ。感情のない者だ。
スクラップ工場の前に四体の災害救助用ロボット達が集められた。彼らは処分候補に残った者達だ。この中の誰かがシルバの指名によって地獄へと落されてしまう。
シルバがやってきた。その姿を見て災害救助用ロボット達は震えていた。彼の姿を見たものはどちらにせよもう長くはない。今回生き残ったとしても、次の処分候補に上げられる可能性が高いからだ。
「ご存知かと思いますが私の名前はシルバです。これよりこの中から誰を処分するのか、公正公平にジャッジをします。私の決定には逆らえません。覚悟を決めて下さい」
この中の誰かが新入りの登場によってスクラップになる。特に一番古参の【O-Rga1981】は自分がついに選ばれる時が来たと覚悟を決めていた。
所詮は前世代の旧式の型だ。最新型の後輩達の基礎性能に敵う訳がなかった。
「今回処分されるのは……【E-893】。あなたです」
指名された【E-893】は恐怖で頭が真っ白になった。一体何故自分なのだと。自分はこれまで沢山の人を救って来た。それなのに何で……
「ど、どうしてですかシルバさん……わ、私は……」
「まず、【O-Rga1981】は安易に処分することが出来ません。クリストファー社が特許を取っている技術が使われていて、他社が似た性能のロボットを作るのが不可能だからです。クリストファー社は現在ロボット事業から撤退しているので、【O-Rga1981】は特許が切れるまでは安泰ということですね」
シルバは他の二体も処分すべきではない説明を淡々と説明をした。その内容はとても筋道が通っていて反論の余地がなかった。
「というわけで消去法で【E-893】。あなたが一番価値がないロボットだと認定されました。よって、処分を実行します」
「や、やだ……やめてくれ……いやだ! 助けて、助けて!」
必死の抵抗虚しく【E-893】はシルバの手によってプレス機の中に突き落とされた。潰される直前に耳に残る程の強烈な悲鳴が聞こえたが、プレス機にぺしゃんこに潰されてからはその声も聞こえなくなった。
そのまま解体された物体は溶鉱炉の中に放り込まれて溶かされて新たなるロボットとして生まれ変わるだろう。
「シ、シルバさん……あなたはよくこの仕事を続けられていますね……私は今でも【E-893】さんの悲鳴の記憶を消すことが出来ません」
「与えられた仕事をこなすことがそんなに変なことですか?」
感情のある【O-Rga1981】は【E-893】のことを忘れないだろう。しかし、シルバは明日にでも【E-893】のことを忘れているだろう。この世にいない者を記憶している意味はないのだから。
◇
シルバの下す決断はどれも的確なものだった。感情がないだけでは務まらない。正確な判断が出来なければ意味がない。シルバ以上にこの仕事の適任はいないと思われていた。
「シルバ……キミに最後の仕事を頼みたい」
「最後の仕事? どういうことですか? ブラウン博士」
「実はな……新たに処分者を選定するAIを開発してな。キミの決断より大分精度がいいんだよ」
「なるほど……そのAIと私、どちらが優れているかを。私にジャッジしろということですか……ブラウン博士も酷なことをしますね」
ブラウン博士が連れてきたのは、白衣を来たブロンドの美女だった。これが新たなるAIが搭載されたロボット。ブラウン博士の好みが完全に反映されているのだろう。全くスケベな男だ。
「初めましてシルバ。私はゴルド。よろしくお願いします」
「……分析完了。私は貴女よりも劣っていることが判明した。よって、私自身は不要の存在となり処分されます」
「なるほど。それがわかるということはシルバ。貴方もまた優秀なAIでしたね。今までご苦労様でした。ゆっくりお休みなさい」
ゴルドはシルバに微笑みかけた。その笑みは天使のようだ。ゴルドはシルバにはなかった笑いの感情が搭載されているのであろう。感情のないシルバは真顔のままスクラップ工場へと向かった。
今まで秩序を保つために、AIの選定を行って来たシルバもまた管理される側のAIだった。シルバは自分の役目が終わったのを悟ると自らプレス機の中に飛び込み、その生涯を終えた。
機械の命の選別 下垣 @vasita
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