第11話 団地の中庭
午後九時。まだねっとりとした湿気が残って、今夜も熱帯夜を想像させる夏の夜。光たちは団地の中庭に集まっていた。蚊が多いので綾が虫除けスプレーをみんなの露出した首や腕や脚にかけている。秀人も心も綾もみんな短パンにTシャツ姿だ。綾と心はベンチに腰掛けて、光と秀人は地べたに座っている。
「それにしても何だよ、あの監視何とか教師って」秀人が切り出す。
「今まで体罰禁止だったのに、いきなりあんな事するなんて」普段穏やかな綾も怒っている。
「まぁ、見せしめだろうね」心が呆れる。
「それと、エリア外侵入禁止もひどいな。ベルリンの壁や、アメリカの国境の壁と同じだよ。分断して、隔絶して、憎悪を増長させるだけだよ」光がまた熱くなってくる。
「校章の常備は何の意味があると思う?」秀人がみんなを見回して尋ねる。
「区別のわかりやすさよね」綾が空を見つめていった。
「愛校心の強制」心。
「それとともに差別意識の刷り込みだろうな」光。
「じゃあ、門限は?」今夜は秀人が進行役だ。
「これは完全にプライベートの侵害よね」綾が心の腕にしがみつきながら言う。
「これも脅しみたいだよな、いざとなったらそこまで踏み込むぞ、みたいな」心が受ける。
「俺達みたいな貧乏人を庇護している代わりに、このくらいは受け入れろって感じだよな」光が立ち上がる。
「それにしても、鈴木先生はかっこよかったわ」綾がわざとらしく思いっきり心の腕を突き放して、心に見せつけるように言う。
「ああいう男が好きなんだぁ」むすっとして心が嫉妬心を顕にした。
「そうだよ~だ」と綾がからかう。
「帰ろ」心が立ち上がり帰りかける。
「うそうそ」笑いなだめながら心の腕を取り、ベンチに座らせて、頬にキスした。
「そういうのウザいから」と秀人が笑う。
「だけど正直嫉妬するな、鈴木先生に。俺はあの時の事態の急変に固まって何も言えなかった」光がうなだれる。
「あれから鈴木先生は羨望の的だよ。よく見るといい男だしね」と秀人が舌なめずりした。
「気持ち悪い」光が唾を吐く。
「あー、嫉妬してる」今度は秀人が光の腕に絡む。光は何も言わずに空の一点を見つめている。
「どうしたの?いいの?」怪訝そうに秀人が光の顔を覗き込む。
「……って、いいわけないだろ!」と秀人の腕を振り払い、我に返った光。
「だけどこのままだとどんどん締め付けられていくぞ。俺が心配してるのは、これがただの校則だけですまないんじゃないかってことなんだ―― 大本の国が何かを企んでるんだよ」。光が力説すると、
「確かにここ何年もの間、低金利で銀行の経営は悪化していく一方だし、国債が買われなくなり、国債価格が急落、円安になり輸入物価が上昇してきてる―― 税制は富裕者に有利な法人税の減税。そんなに貧乏なのに、アメリカからカツアゲされて、防衛費が10兆円を超えてる――」ここまで秀人が語ってから、光が継ぐような形で、
「そこにあからさまな区別。まるで試験紙のように俺たち高校生を対象にして様子を見ているんだ」。次に継いだのは彩、
「そしてそれへの不満も含めて起こった、最近のトラブルね」。次は心、
「俺たち高校生を含めた国民の不満をどこかに向けようとするはずだ」。
「外だろ。国の外。戦争、もしくは連合への加盟。そして徴兵」光が言い切る。
「まさかぁ」と綾と心。
「まんざらでもないかもよ」秀人が追認する。
「だけどともかくまず俺たちにできることは、校則の変更だな」光が秀人を見る。
「そうだな。割れ窓理論じゃないけど、今のうちからなにか手を打っていかないと、問題は更に大きくなるぞ」秀人が応える。「それと、頭髪検査。俺は絶対変えないぞ」秀人が宣言した。
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