第10話 負の連鎖

 その日の放課後。波瑠とデヴィッド、オルティスの三人は、低くなった夏の太陽の光が、オレンジ色に反射している川面の河川敷を歩いていた。

 2百メートル位先に陸橋が見えていた。その時、陸橋手前の沿線道路の歩行者信号を勢いよく走って渡ってくる、男子学生服を着た者たち五人がいた。先頭が一番背が低く、それがまるで獲物かのごとく追いかけるように、残りの四人が追尾している。河川敷へ降りる途中で、先頭は二番手の手に捕まった。集団はそのまま傾れ込むように遊歩道に降り、そのまま近くの橋脚の、夕日が差し込まない陰へと歩いて行った。

「何か様子が変じゃありませんか、波瑠」190センチの高みから波瑠を覗き込むようにして、デヴィッドが尋ねる。

「そうね」波瑠は前方を見つめたまま答える。

「さぁ、俺の一本背負いの出番かな」と鼻息荒くオルティスが乗り出す。波瑠が足早になり、それに二人が続いて橋脚の陰へと近づいていく。陰の中から怒号や恐喝する言葉、嘲笑、そして謝罪の言葉が聞こえてくる。

「早くしろよ」、「ふざけんなよ」。「すいません。ごめんなさい」。おぼろげな姿、動作が見えると。小突いたり、襟首を掴んだり、足蹴にしていた。こちらにその様子が見えた時にはあっちも薄々感づいたようだった。

「ちょっと待て」囁く声が聞こえて、「誰だよお前達」とその中で一番背の高い男――といってもデヴィッドよりは低いが――が凄んだ。もうお互いの容姿が確認できるまでの距離に近づいた。相手は先頭に女子がいて安堵したのと、デヴィッドとオルティスがいて慄いたことへの表情が混在していた。多分リーダー格であろう一番背の高い男が一歩前へ出て、

「何だよお前ら。邪魔するなよ」と波瑠に言った。

「邪魔するわよ。なにさ寄ってたかってカツアゲして、情けない」波瑠が啖呵を切ると、――情けない――に琴線が触れたのか、その男が熱り立って波瑠の目の前まで詰め寄ってきた。そこへ波瑠の隣りにいたオルティスが間に入ると、リーダー格の男は身長170センチのオルティスを見下し、ニヤついた。その瞬間にオルティスはそいつの脚を右足で払い、玩具のだるま落としの要領で倒れ込む相手の頭が地面につくすれすれで、胸ぐらをつかみ止め、そのまま地面に押し付けた。

 今度はリーダー格と同じくらいの体格を持った二番手が、オルティスを蹴り上げようとしたので、すかさずデヴィッドがそいつの胸ぐらをつかみ、背負投げのように投げ飛ばした。二人共柔道の有段者だ。どうやら連中は波瑠たちの高校より格下で、カツアゲにあっていたのはそれよりさらに格下の高校のようだ。トラブルはアッパーエリアとローアーエリアの間だけではなく、上級の中でも起こっているらしい。オルティスは男を解放した。

「こんなことやめなよ」波瑠が釘を刺す。連中はおずおずと退散していった。残った被害者の小柄な男子生徒は

「ありがとう」と小声で言って、加害者と反対方向へ走っていった。

「なんだか荒んできたなぁ」オルティスが珍しく消沈していった。

「本当だね。連中だって裕福な家庭のはずなのに、わざわざこんな事をするなんて、ただのストレス発散だよね」デヴィッドが去っていく被害者を目で追いながら言った。

「だけど、そんなこと言っても私達だって一緒だよ。裕福でも満たされない何かがあるでしょ」

「そっか、一緒か。アッハッハ」オルティスが笑うと、波瑠とデヴィッドは呆れ顔で目を合わせた。


 その後三人は駅前のカフェで時間を過ごし、暗くなる時間に別れた。波瑠は高架橋の下を歩いて家路へと向かっていた。すると高架橋の下に男子学生二人がいて、またカツアゲらしい関係性が見えた。波瑠は少し近づいてから、「コラッ!」と怒鳴ってみた。すると二人共が驚いたが、加害者側が波瑠を認識して、一瞬固まったかと思うとすぐに逃走した。小柄な高校生だった。その顔と容姿はさっき助けた男子高校生に似ていた。

 ――もうやんなっちゃうわ。やられたら、やった相手に返すならまだしも、更に弱い人間にやり返すなんて。情けない連鎖。父によく言われてた、女の子でも「侠気(きょうき、男気、弱きを助け強きを挫く)」を持って生きなさいって。だからどうしても見て見ぬ振りが出来ない。私も、デヴィッドとオルティスもみんな鬱屈してる。私は学校でも家でも隔絶感を感じるし、デヴィッドとオルティスも自分たちのセクシャリティやアイデンティティが窮屈な世界の中で揺さぶられてる――ただ私達に共通していることは、信じられる大人、愛してくれる大人がいたってこと。デヴィッドとオルティスもそんな両親の間で育てられてきたが、それでも自分たちをさらけ出せない閉塞の中にいる。私達を解放してくれるのは何なんだろう――。

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