第9話 校則
一週間が過ぎた。まだ季節は夏のようだ。温暖化で年々季節がずれ込んでいく。日本は相変わらず石炭火力発電と原子力発電に頼っている。あの震災があっも……。
光がいつものように駆け足で団地の階段を降りてきた。そして思い出したように振り返り、団地の側面に入った亀裂を見る。六年前、STテロの一年前だった。北関東と南東北を襲う大地震が起きた。犠牲者は一万人を超えた。この亀裂はその時に出来たものだ。光は思う――多くの日本人の傷が癒えないうちに、その傷口を狙うかのようにテロが起きて、震災後から原発は止まっていたけど、テロ後に急ぐようにまた再稼働されるなんて。まるでテロとの引き換えのようだ――と。 今朝は時計の下に連中は居ない。光は少し寂しさを覚えながら土手を走り抜けていく。
学校にはまた遅刻間際に着いた。教室へ向かうと、教室から生徒たちが出てきた。
「どうした?」光がその中のひとりのクラスメイトに声をかける。
「緊急朝礼だってよ」すれ違いざまに答える。その人波の後ろから、秀人、心、綾がやってきた。
「よっ、ギリギリ君」と秀人が光の肩を叩き、心が脇を小突く。光はバツが悪そうな顔をしながら三人の後について校庭へ降りていった。
ぞろぞと出てくる生徒たちがいつもの配置についていく。朝から日陰がない校庭は暑く、一人や二人倒れるのではと思わせる。生徒が揃うと、校長が権力と威厳を示しているつもりか、朝礼台をゆっくりと昇った。ダブルの紺のスーツを中肉中背の身にまとって、頭頂部の禿頭に合わせて剃り上げているスキンヘッドに四角い輪郭と、目の下に膨れた涙袋を携えた冷たい目を持つ男だ。 マイクの前に立ち、頭に吹き出た汗を拭うと、
「おはようございます」それに生徒たちがこの暑さの中、急にこんな遮蔽物のない校庭に呼び出されたことに対する嫌気さを混ぜたように、
「おはようございます」と応えた。校長はさすがの暑さに上着を脱ぎ、
「今日こうやって暑い中、急に皆さんを呼んだのは、最近他校とのトラブルが頻発していることについてお話するためです――」
「そういえば昨日もB組の誰かがトラブったらしいよ」綾が右横に並んでいる、心、光、秀人に囁いた。
「特にアッパーエリアとローアーエリアの境目付近で、アッパーエリアの高校生と喧嘩やカツアゲ、嫌がらせ等が行われているようです――」生徒たちがざわつく。「それに関して、教育委員会より警告と指導が入りました。至急この問題に対処するようにと――」ここで校長はまた汗を拭い、手に持った上着の内ポケットから一枚の用紙を取り出し、上着を朝礼台の下にいた教頭に預けた。文面を読もうとしたが、老眼鏡がないのに気が付き、教頭に苛ついたジェスチャーで、用紙が入っていた内ポケットの反対側にメガネがあることを示し、持ってこさせた。苛ついたまま教頭が差し出したメガネを奪うように取ってかける。
「えー、校則に以下の項目を追加しますので、これから厳守するように――」気持ち胸を張るように威儀を正した。
「まず一つ。上級エリアへの無期限侵入禁止――」ここで生徒から大ブーイングが起きる。「ウソだろ!」「冗談じゃないよ!」「ベルリンの壁かよ!」「遊べないじゃないか!」ざわつきから怒号の渦に変化した。
「静かに!静かにしなさい!」校長がマイクに向かって大声を出しても収集がつかない。鈴木先生も抑制しようとするが、事の唐突さと大きさで、今まで徐々に締められていた自由が更に奪われることに、生徒たちの箍が外れた。
「こりゃ収まらないな」心が諦めたように言うと、
「そうよね、ひどいわ」と綾が受ける。
「確かに」秀人も呆れている。光は思う―― 何を考えてるんだ、教育委員会は。そんなことしたら、こうなるのは目に見えてるだろうに―― だけど、一自治体の判断でこんな事は出来ないよな―― となると、国なのか ――ますます差別してくるな――。 まだ生徒たちは騒いでいる、むしろ憤りを過ぎてふざけ始めているようだ。
その時校舎の屋上から赤いレーザー光線のようなものが朝礼台の下に差し込んできた。
「なにこれ?」と最前列の女子生徒が気づく。その先端がゆっくりと生徒たちの間へと入っていく、気づいた生徒がざわつく。その光線に照らされた者は
「うわっ!」「いやっ!」など驚き怖がる。そんな生徒の中で明らかに悪乗りしている生徒のところで光線は止まり、先端が照準のような映像に変わった刹那に、スタンガンのようなスパーク音が鳴り、
「うわぁー!」とその音が鳴り止むまでの数秒間、生徒は声を発した。周りは静かになる。スパーク音と叫声が止むと、その生徒も他の生徒も文字通り固まった。
校長が口を開く、「やむを得ませんでした――」校長は左手を屋上の上へ差し向け、掌を空に向けて、「彼は国から派遣された監視教育専門教師の柳沢先生です」と紹介した。柳沢は銃のようなもの――多分レーザー式のスタンガン―― を下ろし、軽く会釈をした。
「続けます―― 次に私服であろうと、常に校章を身につけること――」。もう生徒からの声は出なかった。「次、門限の設定をします。次、服装及び頭髪検査を実施します。以上」校長は読み上げた用紙をゆっくりとたたみ、パンツのポケットへ入れた。校庭が異様な静寂に包まれる中、鈴木先生が血相を変えて、
「ちょっと待って下さい。あまりにも急ですし、厳しい内容だと思います。それになんですかあの体罰は」。壇上を降りかけている校長に詰め寄った。
「話は後で」と校長は囁いた。校長と入れ替わりに教頭が壇上に駆け上がり。
「以上だ。教室に戻るように」。生徒は萎縮したざわめきを醸し出しながら教室へと戻った。
「何よこれ」と心。
「ありえない」綾。
「私は絶対、髪切らないよ」秀人。光は黙っている。多分どの高校生よりもこの変化の恐ろしさを知っているから。
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