第4話 真理子と政治

 授業が終わり、綾と心はバイト先へ、秀人は図書館へ、光は夏休みをもって部活を引退したので、帰宅した。

 芳賀家の扉を開けると、すぐに今夜の食卓に何がのぼるか分かった。けんちん汁のいい香りがすぅーっと鼻の中に入ってきた。航と尊は遊びに行っていて、母はまた台所で夕飯を作っている。

「ただいま」靴を脱ぎ、揃える。

「おかえりなさい」母が包丁の手を止めて振り返る。母、真理子はちょうど三十の時に光を生んだので、現在は四十八歳だ。しかし、ほうれい線は少しでてきてはいるが、その他にしわやしみもなく色白で、耳を半分くらい隠す黒髪には白髪がない。目は光とそっくりで大きく黒い瞳を持っている。実年齢より十歳は若く見られるだろう。
 光が台所の「父の椅子」に座って、

「母さん、今度はこんなの配られたよ」と学生服の半袖シャツの胸ポケットに付けた、真新しい黄色の校章を突き出して見せた。


「なにそれ?」と母が布巾で手を拭いながら、目を見開き覗き込んで来た。

「今日配られた新しい校章だよ。ご親切にこの黄色は下級を表しているらしいよ」すると真理子の顔は紅潮し、

「冗談じゃないわよ!」と校章に侮蔑を与え、顔を背けて「またこんなあからさまな差別をして!しかもまだ未成年の子供達よ!」と腕を組みながら台所の上の方を見て、訴えるようにまくしたてる。その視線の先には神棚が置いてあり、父の位牌が置いてある。
 光の政治好きは両親から受け継いだ。二人共イデオロギーで言えば、所謂リベラルだ。右派に対する左派、保守より革新、人権の尊重、平等などを信条にしている。真理子と高良は大学の政経学部で知り合った。お互い弱者に寄り添う心情が共通して、ボランティア活動を通して交際を深めていった。なので権力の監視には余念がない。


「光、そんなの付けなくていいわよ!気色悪い!」真理子は腕組をして、神棚からまた光に視線を戻す。少し顔が紅色から桃色くらいにトーンダウンしたか。


「だけど母さん、しなきゃしないでうるさいからさ」光がなだめる。普段は温厚な母だが、こと政治となると熱くなる。
 

「本当におかしくなってきてるわ。前から光には言ってるけど、それもこれもやっぱり三年前の改憲からよ。MLテロ(ムーンラダーテロ)で不安になった国民の心理の間隙を縫って、国民投票して、それから急ピッチに変化してきてるわ。早く具体的に動かないと大変なことになりそう」と今度は不安げな顔になる。


「母さんはどういう風になっていくと思っているの?」光も不安げな顔で聞く。「戦争のできる国になること。それに弱者を黙従させる国になると思う」この言葉を言った時の真理子の顔は青く見えた。

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