第3話「城東第一高校」三年A組
土手を降りて暫く歩くと高校に着く。この学校も運河の横に立地している。この辺りは運河に囲まれているのだ。校舎も団地のような灰色の老朽化した建物だ。ローアーエリアの学校は皆公立。経済的に逼迫している国に団地も含め改修の予算はない。 四人はこの「城東第一高校」三年A組だ。最終学年で初めて四人が一緒のクラスになった。
始業のベルが鳴り、担任が入ってきた。名前は鈴木宏。まだ二十代でここが初赴任だ。細身に黒髪を軽く七三に分け。黒のスクエアフレームのメガネを掛け、細長の目を囲んでいる。神経質そうだが柔和で、生徒の年齢に近いこともあって親近感があり、信頼されている。開けた入口のドアへ振り返り、上体を屈め何かを両手で持ち上げた。そのままの後ろ姿で後ずさり、身体が全部入ったときはダンボールを手にしていた。そのまま教壇に上がり、教卓の上にダンボールを半ば放り出し、
「おはようございます」と嬉しそうにに生徒に向かって挨拶をした。
「おはようございます」と生徒たちが応える。
「先生、それ何?」早速教室の後ろの方から疑問が投げつけられる。
「コンドーム」
「タンポン」
「ドラッグ」とその度に笑いが起こる。鈴木先生も微笑む。
半ば空いていたダンボールの蓋の間に手を入れ、微小なものでも摘むように中から小さいビニール袋に小分けされたものを取り出した。
「なーんだ?」とおどける鈴木先生。
「校章?」と一番前の生徒。
「なんだよ、ただの校章かよ」
「いらないよ、そんなの」とブーイング。
「だけど色が変わったぞ」と得意げに鈴木先生は言いながら、ビニール袋から新しい校章を取り出す。現行のは黒地だが、今度は黄色だ。
「おい、先生、それうちらの差別色じゃねぇかよ」と心が発言。これには鈴木先生も苦笑い。
「まぁ確かにそうだけど、明るくていいじゃないか」努めて笑顔を作っている。 「先生はどうなんですか?そういう差別化に賛成なんですか?」と光が聞いた。 「いや、反対だ」鈴木先生の顔つきが変わった。
「じゃあ、反対してくださいよ!」と光が迫る。「そうだ、そうだ」と周りが加勢する。
「反対はした。だけど所詮は若輩の戯言で、相手にもされない」と伏目になる。少し教室が静まる。
「まっいっか。反対してくれたんなら」と光がフォローする。「ともかく意思を表明することが政治には大切だからな」と席を立って演説ぶるように光はおどける。光は最近政治に興味がある。「アハハ」と教室に笑いが起こった。
昼休み。光、秀人、綾、心の四人はよく昼休みも一緒に過ごす。教室にはエアコンが無いので、温暖化で9月でもまだ真夏の東京、高校生の体温で蒸された教室では、何もしなくても汗が吹き出てくる。照り返しはあるが、まだ風通しのいい屋上で昼食を食べる。 校舎は二棟なので、一棟の高さは低い。別段景色が良いわけではない。目立つのは見たくもないムーンラダーくらいだ。みんな弁当持参でくる。と言っても、綾と心の二人だけだ。二人が自分の分と秀人と光のものを作ってくる。ローアーエリアの公営団地住まいだから貧しいのも一緒だが、光と秀人はその中でも特に貧しい部類に入る。できるだけ出費は抑えたい。毎回ではないがこうやって綾達が作ってきてくれる。かと言って綾と心だって貧しい。色々工夫して、低予算でボリュームがある弁当を作ってきてくれる。今日はパン屋で大量に貰ったパンの耳を揚げたものとコーンスープだ。このパンの耳のフライが美味しい。光と秀人は、綾と心が見ていて気持ち悪くなる位にバクバクと頬張る。そしてお決まりのように、四人で「ア~ン」と食べさせ合っている、が光るだけは乗らない。綾と心に限っては、パンの耳の端同士を食べ進んで、キスまでしている始末。そんなじゃれ合いの中、突然光が
「おかしい!」と立ち上がり叫んだ。
「どう考えてもおかしいよ!」空を見上げながら。
「な、な、何だよいきなり」全員が上体を仰け反り、光を見上げて秀人が言う。「だってそうだろ、段々と俺達貧乏人は追いやられ、集められ、区別され、差別されて。今度は校章まで差別されるんだぞ」と光は口角泡を飛ばし訴える。
「そりゃそうだけどさぁ」半ば呆れ、うなだれて綾が言う。
「しかたないじゃん」と心が同意。
「しかたない?それだからだめなんだよ!疑問を持って、考えて、発言しないと」「発言したって変わらないじゃない」綾が床に散らばったパンの粉を見つめながら言った。
「いや、そんなことはない。一人、二人、三人と、声を増やしていいけば少しずつ変わっていくよ」
「果てしねぇなぁ」と心が肩を落とす。
「だけどこのまま放っておくと、この高校、そして東京、日本がおかしくなる。こんなあからさまな分断が行われている時点で異常だし、校則はこれからもっと規制されてくるぞ。それがこの高校だけにとどまらず、下級エリア全体がそうなり、ますます搾取されてくる。徴兵制になるって言う噂も噂ですまなくなると思う」光は三人を一人ひとり見渡した。
「そんなの考えすぎだよ」と綾が光をなだめるように声をかける。
「いや、まんざら考えすぎでもないよ」下を向いてロングの金髪の毛先を箒に見立て、パン屑を掃きながら黙って聞いていた秀人が発言し、また髪をかき上げ顔を空に向けて言った。 「あのテロから、規制、増税が増え、俺たち未成年にまで広がってきている。大人たちはそれこそ無思考で流され、騙されている。一部を除けば全くそれに対して疑問も発言も投げかけていない。そんな政権に有利な情報ばかり垂れ流し、洗脳していくんだ」いつもクールな秀人が少し熱を持ちながら言った。
「そうだよヒデ!分かってんじゃんかよ!」と秀人を指差しながら、光は共感された喜びを顔に出した。
「じゃあ、チューして」と秀人が唇を突き出す。
「それはダメ」と光は自分の唇の前で両人差し指を交差させて拒否する。
「じゃあ私が変わりにしてあげる」と心が秀人に詰め寄ると、
「女子はダメ」と今度は秀人が光と同じ仕草をするとみんなで笑った。その時生ぬるく湿気を含んだ夏風が、散らかったパン粉を絡ませて校舎の外へと運んでいった。
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