第2話 光とLGBTQな輩
5階建ての団地にはエレベーターが無いので階段を駆け下りる。光の団地は川に隣接していて、一階まで降りると土手を見上げる形になり、その向こうに川がある。その土手を登る手前に設備時計があって、その周りにセーラー服が二人、光と同じ服装の人物が一人、俗に言う「ヤンキー座り」でたまっている。――今日はいやがったか―― っと光は心の中で毒づく。三人は光に背を向けて座っている。男子学生の格好をした者は髪が光と同じ金髪。しかし、肩甲骨が隠れるくらいまでのロン毛。真ん中のセーラー服の者は黒髪で、周りは刈り上がっていて、トップはツンツンと立っている。そしてもうひとりのセーラー服は茶髪で顎ラインのボブスタイルだ。光はその三人が居ないかのように横を走って通り過ぎようとすると、
「光~」と全員がオネェっぽい大声で呼び止める。それも無視して走り過ぎると、 「コラー!」と今度は野太い声で三人が追いかけてきた。もうすでに団地の5階から走り下りてきた時点でびっしりと汗をかいていた。体力的にはサッカーで鍛えていて余裕だが、ベタつく汗が朝から気持ち悪いので、仕方がなく立ち止まる。
「もう、たまには一緒に行ったっていいじゃない」と言ったのは、男子の服装をした、金髪ロン毛の吉井
「そうよ」と地声の女子の声で言うのは、茶髪で顎ラインボブの木下綾。女。心も女。だけどL。レズビアンだ。
「そうだよ」と男言葉を発したのは、黒髪にツンツンヘアの廣中
四人とも同じ団地に住んでいる。セクシャリティはバラバラだが、四人に共通するのはこの団地であり、それが意味するところは貧窮ということだ。この団地は国営なので、格安の家賃で借りられる。しかしその分、制約も多く、国の意向での監視カメラの設置、光熱費の上限の設定、現政権の与党への協力、具体的に言えば団地としての組織票などだ。それと、スマホを支給されている。新聞もテレビもないので、情報収集はこのスマホからだ。しかし、かなり国からのフィルターがかかっていると思われ、偏った情報しか入ってこない。こちらの情報も全部吸い取られていることだろう。最近はますます規制が厳しくなってきている。
四人は土手の上に登った。右手に、以前は澄んでいたが、浄水場の機能低下で汚濁してきている川がある。沿岸には舗装された遊歩道があり、土手があり、そこは未舗装で、左手の土手の下には桜並木がある。四人は好んで未舗装の土手の上を歩く。その時上空から「ゴォー」という音が迫ってきた。旅客機が低空飛行で通過したのだ。東京でこのエリア上空だけは飛行を許可されたのだ。 そう、このエリアは。今年初めに東京23区が二分されたのだ。低所得層の「ローアーエリア」と富裕層の「アッパーエリア」に。今では俗に「下級」と「上級」と呼ばれている。そうなるまでに徐々に政府による地価操作が行われて、曖昧に分かれていたが、それが明確になった。住所表示のプレートが色分けされたのだ。下級は黄色、上級は赤だ。
土手を歩いていると、桜並木の下にホームレスが寝ている、それも一本に一人の割合で。エリアが貧困化していくにつれて増えてきた。その中に混じって酔いつぶれた輩、若いホストが潰れている。治安も悪くなってきている。貧困化する以前は川の上を流れていたカヌーはカラフルで楽しげだったが、今は自警団の黒白のカヌーだけしか許可されていない。ちょうど今、約50メートル先の沿岸にあるベンチあたりで、朝帰りのホステスらしい人物が酔っ払いの男二人組に絡まれているのをカヌーの自警団が見つけ、笛を鳴らし追っ払った。光たちはいつもの光景に同様もせず歩き続けている。
「夏休みはどうだったの?」秀人が髪をかき上げながら、首を傾げて、上目遣いで聞いてくる。今はノーメイクだが、顔が小さく、目は大きい黒い瞳、メイクをしたときに今の仕草をやられると、幼馴染の男の秀人だとおもっても光はゾクッとしてしまうのは否めない。高2の去年の夏休みはずっとサッカー部で一緒だった。しかし今年は受験を控える身。秀人は運動神経抜群、頭脳明晰で学校でもトップ3に入る。なので狙うは一流の国立大学。そのために部活は夏休み前に引退した。 片や光は運動神経、特にサッカーに関しては秀人を上回るが、頭の方は足元にも及ばない。しかしサッカーの強い公立大学にスカウトされているので、夏休みはサーカー漬けだった。 「サッカー一筋だったよ」と答えると、
「もう、そんなことわかってるの!」と思いっきり光の脇腹に肘鉄を食らわす秀人。「痛っーよ」思わず前かがみになる光。
「そうじゃなくて、彼女出来た?」とまた上目遣いで。
「できるわけ無いだろ。毎日のようにサッカーがあって、家の手伝いもあるんだから」
「相変わらずだね。家族想いな頑張り屋さん」と光の頬を人差し指でツンと突いた。 「そういう光が好きなの」と腕を絡ませてくる。
「よせよ」と必死で振り払う。
「もう何回言えば分かるんだよ。お前にその気はないって」
「何回言ってもいいよーだ。お金ができたら性転換するから待っててね」
「待たないっつーの」
「何だと!」と野太い声でキレた。秀人は良いやつだが、気が短い。
「アハハ」後ろで声を揃えて心と綾が笑う。
「そうだよな、そこが光の良いところだよな」と男言葉で心が言うと、今度は綾が心の脇腹に軽く肘鉄を食らわす。
「もう」ふくれっ面をする綾。二人共顔は美形だ。綾の特徴は少し顔が下膨れなところ。それを隠したいがために顎ラインボブにしているらしい。やはり目が大きくブラウンの瞳が印象的。性格は穏やかで柔らかい。頭もよく、テニス部で活躍している。 心はなんと言ってもベリーショートの黒髪が強烈だが、顔の造作は、眉が濃く、心より楕円に近い大きい目、少し厚い唇が特徴だ。性格は見た目そのままで、男勝り。勉強嫌い、運動神経はいいが、集団行動が苦手で帰宅部だ。 光の容姿はといえば、太く濃く釣り上がった眉にやはり大きな黒い目、少しエラの張った輪郭に大きい耳。四人揃うと目を惹く。この界隈では知られた高校生だ。
他愛もない話やじゃれ合いをしながら歩いていくと正面にムーンラダーが見えてくる。この土手がまっすぐムーンラダーへ続いているかのように。 しかしそれの上部は朽ちたフォークの先のように無残に欠損している。 テロだった。五年前の夏、まだ子供達が夏休みに入らない頃、爆発物を積んだドローンによって吹き飛ばされたのだ。約千人近い犠牲者が出た。それから防衛のためと称して、アメリカからの大量の武器輸入、駐留米軍経費負担金の増額、関税の引き上げなどで、増税が行われた。また政府の規制、区別化と言うより、もはや差別化が拡大された。陰であのテロはアメリカの仕業ではないのか、この差別化は下級エリアを困窮させ、否が応でも徴兵する徴兵制への序曲なのではないかと囁かれている。
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