2-2
「噂話もいいところだ。俺を調べてどうするんだよ、正樹」
彼方は早速、自分の目の前に座った悪友に抗議をし始めた。
彼方の席は教室のほぼ真ん中の前から二列目、教壇のすぐ近くにある。正樹が座ったのは最前列の席。教室の中には、昼食と雑談に勤しむグループがいくつかできていた。
「お前は自覚がないかもだけど、お前のこと教えて欲しいっていう女子はいっぱいいるんだぜ」
集めた情報を『売り買い』しているのが、正樹のある意味『プロフェッショナル』なところではある。彼方は何度もそのネタにされていて、その都度『俺をネタにするな』と言っているのだが、正樹は『売れるネタを集めるのがプロだ』などと平気でうそぶくのだった。
「で、パンやお菓子と交換で俺についてのネタを教えてあげてるってか? 勝手に俺を使うなよ」
「固いこと言うなって。それより彼方、知ってるか?」
にんまりと笑いながら、正樹が顎を触る。それは正樹が特ダネを持っている時の癖だ。
「ああ、知ってる知ってる」
彼方は、しかし興味も無さげにそう返し、サンドイッチを口に入れた。
「まだ何も言ってないって」
「言わないお前が悪い」
普段、彼方をネタにしている分、正樹は仕入れたネタを『無償』で彼方に教えることが多いのだが、彼方はあまりそれに興味を示さない。正樹は、大きなネタを見つけると、彼方が驚くかどうか試しに来るのだった。
「なんか、ええネタでも仕入れてきたんか」
その点、隆はそういう下世話な話が好きだ。
「実は、佳月がな」
正樹が声を潜めながら、そう切り出す。その瞬間、彼方は口の中のサンドイッチを思わず飲み込んでしまい、むせ返ってしまった。
慌てて、水筒のお茶を喉に流し込む。
隆も正樹も、噴き出されてはたまらないと体をのけぞらせていた。
「なんや、大丈夫か、彼方」
「だ、大丈夫」
二人は不思議そうな顔を見せたが、彼方がなぜむせたのかには興味が無さそうだ。
「二年の女子を、ふったらしいぜ」
正樹が、特ダネのお披露目を続けると、隆もそちらに注目を戻した。
「二年? 佳月にコクったんかいな。度胸あるやっちゃな。それ、誰や」
「それがな、下総一美(しもうさ かずみ)っていう話だ」
「マジかいな。学年、いや学校一のかわいこちゃんやないか」
ひそひそ声ではあるが、正樹の口から出た名前に、隆は少し興奮気味のようだ。いや、ひそひそ話だからこその興奮だろうか。
「もったいないことするなあ。もったいないオバケが出るで。佳月は彼女おるんか」
「オレの調べでは彼女がいる様子はないんだが」
正樹がもったいぶったように言葉を切る。
「なんや、なんや、はよ言えや」
隆は言葉でこそ急かすが、この間でさえも楽しみの一つであるかのように、顔がにやついている。
「実はな、佳月って、女の子に興味ないんじゃないかって、噂だぜ」
「ホンマかいな」
大きな声を出した後、隆は自分で口を押さえた。教室にいた何人かが隆の方を見たが、それぞれがまたそれぞれの会話へと戻っていく。
「ということは、アレか」
「アレ、らしい」
「そりゃまた、すごいネタやな」
「だろお?」
老若男女問わず、色恋の話は人の口の端に昇るものではあるが、彼方はそれを傍で聴いているうちに、自分が不機嫌になっていくのを感じた。
「別に趣味なんて人それぞれだろ。そう言うのを下衆の勘繰りって言うんだ。みっともないぞ」
彼方が二人の間に口をはさむ。隆と正樹の二人ともが、そんな彼方の様子を見て、にやにやを加速させた。
「彼方は、佳月のことになると、なんやムキになるなあ」
隆が肘で彼方をつつく。
「はあ? なんでそうなるんだよ」
「そう突っ掛かるなって。佳月をライバル視してるのは分かるけどさ」
正樹は、彼方の反応を楽しんでいた。自分の披露したネタに彼方が反応したのに満足しているようだ。
隆も正樹も、悪気はないのだろう。二人にとってはただの、受験のストレス解消としての『ネタ』なのだ。彼方にもそれは分かるのだが、喉の下あたりでもやもやとする感覚は治まりそうになかった。
「ライバル視なんかしてないよ」
「またまた、そんなこと言って。彼方のとこには、誰か告白しに来なかったのか」
正樹は、もう探りを入れることすらやめたようで、直球の質問を彼方に投げる。しかし、その『尋問』の内容には少し拍子抜けしてしまった。正樹は、彼方が『女の子からの人気』を希海と競っていると思っているのだろう。
「お前らが俺の周りをうろついてるんだから、来るものも来ないだろ」
「あほか。告白っちゅうもんはな」
告白をしたこともされたことも無いはずの隆が、腕を組んで『告白とは何か』について語り始めようとする。しかし正樹が、手でそれを制した。不思議に思い、彼方が教室の出入り口に視線を向ける。
佳月希海が、ちょうど教室に入ってきたところだった。
よくある光景。その中に、一瞬、そうほんの一瞬だけ、いつもと違う瞬間があった。希海の視線が彼方の視線とぶつかる。その瞬間、心臓が飛び跳ねたような気がして、彼方は慌てて前を向き、食事を再開した。
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