第17話 誓い

六年前 ヴァルハラ領

「うわぁぁぁん。やめてよう」

オレンジの髪の美しい幼女が泣きはらしている。彼女をいじめているのは、黒い髪の生意気そうな少年だった。

「ほらほら。ワームの幼虫だぞーー」

少年は、もこもこした幼虫をもってエリザベスを追い掛け回している。彼女の泣き顔を見て、楽しそうに笑った。

「なんだい。エリザベスは泣き虫だな」

「サクセスの意地悪!大っ嫌い」

そんな二人を見かねて、年上の少女が間に入った。

「いいかげんにしなさい!」

木刀を持った少女に怒られて、サクセスはふくれっ面になる。

「なんだよ。邪魔すんなよエレル姉さん」

「サクセス、まだ貴方にはわからないかもしれないけど、エリザベス様はこの領を継ぐ方ですよ。貴方とは身分が違うのです。敬意を払いなさい」

騎士見習いエレルは、エリザベスを抱きしめてかばう。そんな様子をみて、ますますサクセスは意地になった。

「なんだい。みんなエリサベスばかりちやほやして。ふんっ!」

そういってそっぽを向く。領の大人たちがみんなエリサベスに対して優しいので、彼はずっと嫉妬していた。

「今日はこれくらいにしてやる。次はもっといいものを持ってきてやるからな!」

サクセスは、捨て台詞を残して去っていった。

(今度は何をもっていこうかな。もっと気持ち悪い虫をもっていって、エリザベスを泣かしてやろう」

サクセスは、エリサベスに好意を持っているが素直になれない。なのでかまってもらうために嫌がらせをしているのだった。


次の日

「もう俺とは遊ばないって、どういうことだよ!」

顔を真っ赤にしてサクセスは文句を言う。おびえた顔したエリザベスを取り巻いているのは、領内の女の子たちだった。

「エリザベス様は、これから私たちとお勉強するの」

「卑しい金貸しなんかと遊ぶ暇なんかないもんねー」

シスター服をきた少女たちに馬鹿にされて、サクセスは怒る。

「なんだと!この貧乏人たちめ!」

「きゃあ!」

女の子たちに暴力を振るおうとするので、ついにエレルに怒られてしまう。

「いい加減にしなさい!この弱虫!」

木刀で殴られ、サクセスは涙目になった。

「僕が弱虫だって!馬鹿にするな!」

痛みを堪えてどなりあげる彼に、エレルは軽蔑の視線を向ける。

「女の子にしか威張れないって、弱虫じゃないですか!」

「言ったな!だったら僕の力を見せてやる!」

サクセスはそういうと、東のほうへ走っていく。

「待ちなさい。どこに行くつもりですか?」

「魔の森で魔物を狩れば、僕が弱虫じゃないってお前にもわかるだろ!」

エレルがとめるのも聞かず、森の中らは言っていってしまった。


魔の森

魔物となって巨大化した虫や獣が生息する危険地帯で、子供はもちろん大人でも熟練の兵士やハンター以外では立ち入り禁止になっている。

「えいっ!」

サクセスは持ってきた短剣で、スライムを一刀両断する。特に攻撃力もない最弱モンスターは、あっさり両断された。

「はははは、やっぱり僕は強いんだ」

調子にのってスライムを狩っていたら、いつしか次第に奥に入り込んでいく。

森の中は道が整備しておらず、まるで同じ風景が続いているようで迷いやすい。あっという間に自分の位置を見失ってしまった。

「くそ!ここはどこだ!」

気がつけば、出口を見失い、周囲には強いモンスターの気配が漂ってきている。

自分の力を見せてやると意気揚々と乗り込んだサクセスは、すぐに後悔することになってしまった。

「ぐすっ……やめときゃよかった。誰か、助けて!」

涙を流してわめいても、誰も助けてくれない。

そのとき、サクセスの周囲を白い影が取り囲んだ。

バサバサと不気味な音を立てて這い回っているのは、シルクワームという蚕のモンスターである。

「や、やばい!逃げないと!」

それを見たサクセスは、一目散に逃げ出そうとする。

しかし、シルクワームは一斉に丈夫な糸を吹きかけてくる。あっという間に糸に拘束されて、うこげなくなった。

「た、助けて!」

糸でできた繭に縛られたサクセスは悲鳴をあげる。そんな彼に、ゆっくりとシルクワームは近づいていった。


魔の森。

その木の根元に、一つの白い糸で覆われた繭がある。

サクセスはその中で、恐怖に震えていた。

(僕はどうなるんだろう)

背中には何かやわらかい物が触れているという違和感を感じる。どうやら、繭の中にはシルクワームが一緒入っているようだった。

(えっと……シルクワームってどんな魔物だったっけ)

サクセスは、必死に授業で習ったことを思い出してみる。

(たしか、シルクワームってあの変態する魔物だったんじゃ?)

シルクワームは、卵から生まれて幼虫から成虫になるまでほとんど姿が変わらず一生を過ごすが、ある条件が満たされた場合のみ変態することがある。

それは、成虫になるときに作る繭の中に、食べる獲物を取り込んだ場合である。

(たしか、繭の中で獲物をゆっくり食べて吸収した場合には、蛾の魔虫バンパイヤバタフライになるんじゃ?)

そのことを思い出して恐怖する。

(い、嫌だ。生きたまま食べられるなんていやだ。あっ)

その時、背中に針がさされ、麻酔液が注入される。サクセスの意識はゆっくりと闇に沈んでいく。

いつの間にか、サクセスは夢の中である一人の男になっていた。


「残念ですが、あなたの会社への融資は打ち切らせていただきます」

冷たい顔をした男が、中年のはげ親父に対して無情につげる。

「そんな!融資を断られたら、私たちの会社はつぶれてしまいます。なにとぞお願いします。金人さん」

はげ親父は必死になって頼み込むが、その男、金人成功は首をふる。

「我々は慈善事業をしてるわけじゃないんです。金を稼げない方は、お客様ではありません。お帰りください」

成功は親父を冷たく追い出す。彼は外資系金融機関の中でもエリートで、融資係として冷酷に手腕を振るっていた。彼に見限られて事業が破綻した会社も多い。多くの人から恨まれていた。

そんなある日、会社への出勤途中に、暴漢に襲われてしまう。

「ぐっ!」

腹にナイフを突き立てられ、成功は苦痛に喘ぐ。

騒然となる周囲の中、彼を刺した男は笑っていた。

「ははは!ついにやってやったぞ。思い知ったか。金貸しめ!」

彼を襲ったのは、つい先日融資を打ち切ったはげ親父だった。

「な、なんで……」

「なんでだと!貴様のせいで会社が倒産して、妻と子供にも逃げられたんだ。俺の人生を返せ!」

はげ親父は成功に恨みをつげ、逃げていった.

成功の視界が暗くなっていく。

(情けない……あれだけ勉強して努力して地位を築いたのに、逆恨み一つで人生が終わるのか。俺の人生ってなんなのだろう。誰の役にも立たず、ただ恨まれて死んでいくなんて)

深い後悔に苛まされていると、ふいに視界が明るくなっていく。

(な、なんだ?)

目の前の光景が明るくなっていく。成功の目に飛び込んできたのは、泣きはらした美しい天使の姿だった。


ヴァルハラ家

そこでは、サクセスが森に入ったというエレルの知らせを受けて、大人たちが驚いていた。

「本当に息子が魔物の森に?」

真っ青な顔をしているのは、御用商人であるゴールドマン。サクセスの父親である。

「はい。魔物を狩って僕の力を見せてやるって」

「あの馬鹿息子め!」

それを聞いて、ゴールドマンは頭を抱える。

「元気があるのはいいことだけど、さすがに今回は冗談ではすまされないな。魔の森の魔物たちは危険だ。すぐに連れ戻そう」

ヴァルハラ領の領主、ヴァルハラ男爵はそう決心した。

その時、オレンジ髪の幼女が入ってくる。

「お父様。私も行きます」

そういったのは、まだ八歳のエリサベスだった。

「エリザベス、お前はまだ小さい。危険だ」

「いいえ。元はといえば私がサクセスと遊ばないっていったせいです。だまって待っていることはできません」

エリザベスはサクセスを心配して、ついていくという。

「それに、聖属性の魔法である『魔力探査』も私は使えます。足手まといにはならないはずです」

「……わかった。だが、気をつけるんだぞ。決して私たちから離れるんじゃないぞ」

ヴァルハラ男爵は町の者たちを集めて、魔の森に捜索隊をだす。

少し中に入ったところで、エリザベスが魔法を使った。

「『魔力探査』」

エリザベスの体から発せられた白い光が、全方位に散らばっていく。その光に触れて、いくつかの魔力を持っている生き物が反応した。

(これは……スライムにワーム、ヘビークックローチ)

虫嫌いのエリサベスは吐き気を覚えるが、我慢してさらに先まで光を伸ばす。すると、慣れ親しんだサクセスの反応を感じ取ることができた。

「みつけた!その先にいます!」

エリザベスの先導を受け、大人たちは森の奥に進んでいく。

すると、大きな木の根元に巨大な繭を見つけた。

「サクセス!」

大人たちが止めるのも聞かず、エリザベスは繭に抱きつく。

「ホーリーシャイン!」

エリザベスの背中から、白い光でできた羽が飛び出す。同時に固く結ばれていた繭がやぶれて、中に入っていたシルクワームが慌てて逃げ出していく。

繭の中からは、幼い少年の姿が現れた。

「サクセス……よかった。生きている」

エリザベスはサクセスの体を抱きしめて涙を流すのだった。


光り輝く美しい幼女が、自分の無事を喜んで涙を流している。

「君は……」

彼女をみた瞬間、金人成功の記憶とサクセス・ゴールドマンの記憶がつながる。成功は自分があの時に死んで、サクセスとして生まれ変わったことを理解した。

同時に、また幼いサクセスの人格は、あまりの負荷に耐えられなくなり成人の成功の人格に上書きされていく。

「エリザベス、ありがとう」

成功、いやサクセスは彼女に感謝をささげる。自分のすべてをかけてこの少女を守り抜くと誓うのだった。

薄暗い地下室で、エリサベスの顔を見ながら、あらためて彼女が平穏に生きられるように手を尽くそうとサクセスは思う。

(『俺』という人格が消えたら、サクセスは再びやんちゃで意地悪なクソガキにもどってしまうかもしれない。なんとか、俺がいる間にエリサベスを救ってやらないと)

前世で身に着けた知識をつかって、全力でエリザベスを守り抜くことを改めて思うのだった。

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