第16話 ヴァルハラ領の金
麦札を導入して以降、ヴァルハラ領の景気は上向いていた。
地主による他領への麦の横流しが無くなり、麦の販売はゴールドマン商会が一元管理することにより領内での麦不足が解消され、領民たちは飢えることなく平穏に暮らせている。
さらに王都から商人が品物を持ちこむことにより、少しずつ領民たちの間にも娯楽品や日用品がいきわたるようになりつつある。
そして「麦札」を導入したことにより領民たちの間にも商取引が浸透し、麦だけではなく何か売れるものはないかと知恵を絞るようになってきた。
そんなある日、エリザベスはチャコを抱きかかえて悩んでいた。
「うーん。なんなのかしら?」
「にゃあ」
チャコは相変わらずエリサベスに懐いている様子で、スリスリと頭をこすりつけてくる。
「何かあったのか?」
「いや、たいしたことじゃないんだけど。チャコちゃん、ウ○コいつしているのかなって思って」
チャコのお尻を見ながら首をかしげている。
「え?どういうことだ?」
「この一ヶ月、ウ○コする所を見たことがないのよ。ご飯はちゃんと食べているんだけどね」
そういいながら石炭をあげると、チャコは喜んで食べていた。
「どれどれ。『鑑定』。うん。まったく問題ないな。外でしているんだろう」
メガネで鑑定してみると、『健康』という診断結果が出た。
二人が見守っていると、石炭を食べ終えたチャコは踏ん張りだす。
「おっ?やるのか?」
「ち、ちょっと待ってよ。ここじゃだめ!」
エリサベスが慌てていると、チャコのお尻から透き通った白い石が出てきた。
「え?ウ○コじゃない。なにこれ?」
石を拾い上げてみると、ひんやりと冷たい感じがする。
「この世界のことはだいぶ慣れたつもりだけど、変な生き物が多いよなぁ。尻から石を出す猫がいるなんて。『鑑定』」
白い石をメガネでみたサクセスは、ニヤリと笑った。
「なるほど。確かにその石は石炭の成れの果てではあるよな」
「え?これって石炭なの?」
エリサベスは白い石をマジマジと見つめる。黒い石炭とは似ても似つかなかった。
「まあいい。宝石としては研磨しないと価値がないから売るのに時間がかかるけど、いろいろ利用できそうだ。ちょうどいい。お前もついてこい」
白い石を箱にしまい、エリサベスをつれて地下にいく。
「わ、私をこんな薄暗い地下にひっぱりこんで、どうする気?も、もしかして、ついに私を……。あ、あの、サクセス。痛くしないでね。できれば優しくしてほしいんだけど……」
顔を真っ赤にして騒ぐエリサベスを放っておいて、サクセスは地下の重厚そうな鉄の扉を開ける。
たいまつに照らされた部屋の中を見て、エリザベスは驚いた声を上げた。
「えっ?お金がいっぱい」
中には、キラキラと輝く金貨や銀貨が山のように積まれていた。
「なんだ。うちにはこんなにお金があったじゃない」
そう喜ぶエリザベスの脳天に、チョップが振り下ろされる。
「いたっ!」
「勘違いするな。これはお前のものじゃない」
冷たく告げるサクセスに、エリザベスの頬が膨らむ。
「はいはい。どうせそうだと思っていたわよ。あなたのお金でしょ」
「違う。これは正確には『ヴァルハラ領』の金だ。本来、民の間で流通すべき金がここにあるに過ぎない」
紙や麦を商人に売ることで、王都から『硬貨』がもたらされた。これらは本来は『通貨』として領内に流通すべきものだったが、その代わりに麦札を発行することで、領主のもとへ集まってきたのだった。
サクセスは白い透明な石が入った箱を部屋にしまうと、エリサベスに説明する。
「いいか?これらの金は、領民たちが麦札と交換してくれと殺到しないかぎりは、ここに留まりつづける。それでも外部との取引用や領民との交換用にある程度は備蓄しておかなければならないので、領主が勝手に使えないんだ」
サクセスは淡々と説明した。
「あんまりよくわからないけど、わかったわ。どうせ私には必要ないものだし。全部サクセスに任せるわ」
自分に丸投げしてくるエリザベスに、サクセスはため息をつく。
「まったく。人を信じすぎるな。そんなのじゃ、魔法学園にいってからが思いやられるぞ」
「大丈夫よ。あなたも来てくれるんでしょ?」
そういって、信頼しきった目を向けてくる。
「……ゴールドマン商会の総帥としては、王国の貴族や大商人と交流できる機会を逃すわけにはいかない。不本意だが、従者としてついていかざるを得ないだろうな」
「もう。またそんなこと言っちゃって。可愛くないなぁ」
あくまで公人としての発言を繰り返すサクセスに、エリザベスは頬を膨らませる。
「昔からおもっていたけど、サクセスってほんと子供っぽくないよね。おじさんみたい」
「みたいじゃなくておじさんだ。俺は前世の日本じゃ銀行員だった。前世の年齢を加えたら、40歳を超える」
サクセスは遠い目をしてつぶやく。
「はいはい。それじゃサクセスおじさん。これからもよろしくね」
そう笑うエリザベスだった。
「魔法学園に行ったら、もっと厳しくなるぞ。王都は魔窟だ。田舎領主なんて及びもつかないほど腹黒い妖怪貴族や、魔紙ギルドの長どころじゃない金持ち商人もいる。いいか、簡単に人を信じるなよ。信じられるのは金だけだ」
「悪いけど、それには同意できないわ。私にはお金より信じられる人たちがいるもの」
そういってサクセスを見つめる。
(これだから放っておけないんだ。俺はいつまでお前の側にいられるかわからないんだぞ。ある日突然『俺』という人格が消えてもおかしくないんだ。そうなったらどうするんだ)
自分を信じて疑わないエリザベスの無邪気な顔を見ながら、サクセスは彼女に命を救われた時のことを思い出していた。
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