第11話 迷惑な訪問者

徴税の季節を終えて平穏な日々が続く中、ヴァルハラ領は冬を迎えようとしていた。

リビングの端にはストーブが設置され、その中では石炭が赤々と燃えて部屋を暖めている。

「ああ、幸せ」

エリザベスは暖かそうなふっくらとした綿入りのドテラを着て、サクセスが作った特別な座卓に入っていた。

「この『豆炭コタツ』ってあったかいね」

「エドワルド村でつくらせた新商品だ。石炭の粉末を固めたものを使って暖めてる。テーブルには、におい消しと一酸化炭素中毒防止のためエレルさんの風の浄化魔法を『付与』しているから安全だ」

同じコタツにはサクセスが入り、お茶を飲んでいる。

「にゃおーん」

その時、鳴きながらチャコがやってきて、コタツに入り込もうとする。

「チャコもコタツがすきなの?でもその前に綺麗にしようね。『クリーニング』」

「にゃっ!」

エリサベスに光の浄化魔法をかけられて、綺麗にされてしまう。真っ白になったチャコは、一目散にコタツにもぐりこんだ。

「量産体制が整ったら王都に向けて売り出したいが、今年は無理だな」

「まったく……どうしてこんなにお金にがめつくなってしまったんだか……ふにゃ」

エレルも同じこたつに入っているが、その顔は赤い。いつも厳しい顔をしている凛とした彼女だったが、今の表情を緩みきっていた。

彼女の前には酒が入ったコップがある。どうやら酒を飲まされたようだった。

「いいじゃねえか。坊ちゃんが金を稼いでくれるおかげで、酒ものめるし飯もうまい」

こたつに入っている四人目が、よっぱらった声をあげる。最近正式なヴァルハラ家の家臣となったガラハットだった。

まるで家族のように同じコタツに入ってまったりする彼らだったが、その時ヴァルハラ領に激震をもたらす知らせがやってきた。

「アーカス子爵による視察ですって?なんでうちに?」

伝書鳩からの手紙には、『息子と共に挨拶にいく。歓待の用意をしておけ』と書かれていた。

それを見て、サクセスは厳しい顔になる。

「とうとうきたか。麦が地主から横流しされなくなると、何か言ってくるとおもっていたけど。もう少しは時間を稼ぎたかったんだがな」

「どういうこと?」

首をかしげるエリザベスを見て、サクセスは考え込む。

(こいつ個人や、ヴァルハラ領の民にとっては悪いことばかりではないかもしれないんだよな。まあいいか。判断は子爵とその息子とやらを見て決めよう)

そう決心すると、サクセスは勤めて明るい声を出す。

「わが領に初めて来てくれたお客様だ。失礼のないようにもてなそう」

こうして、アーカス子爵を迎える準備が整えられるのだった。



やってきたアーカス子爵は、剝げ頭のでっぷり太った老人。そしてその子供は、煌びやかな服をまとった30代の中年男だった。

二人とも両目の間が開いているので、どこかカエルに似ている。

「アーカス子爵様。ようこそいらっしゃいました。ヴァルハラ男爵家当主、エリザベスでございます」

エリザベスが殊勝に頭を下げると、後ろに控えていたサクセスたち三人もそれにならった。

馬車から降りてきた子爵は、そんな彼らを見て鼻で笑う。

「家臣や使用人はどうした。それだけか?」

「当家で雇っている家臣は我々だけですので。私は家宰であるサクセス・ゴールドマンと申します。以後お見知りおきを」

サクセスがにこやかに挨拶するが、子爵は彼を見ようともしなかった。

続いて、軽薄そうな中年男が挨拶する。

「ちゃーす。君が聖女エリザベス?かわいいねぇ!。僕はアーカス子爵三男のフロッグっていうんだよ。よろしくー」

いきなりエリザベスにかけよって、なれなれしくその手を握る。エリザベスはびっくりして、笑顔を浮かべたまま硬直した。

「ち、ちょっとお待ちください。エリザベスさまになにを……」

「おや?君は騎士かい。いいねえ。その体。ふふふ、妾としてたっぷりかわいがってあげるよ」

「ひ、ひいっ」

粘着質な目で見つめてくるので、エレルは鳥肌がたってしまった。

「なんだこの馬鹿ボン。人の領地に来て勝手なふるまいを!」

あまりに無礼な態度でガラハットが憤慨するが、サクセスが前にでた。

「まあまあ、それくらいで。ささやかながらお食事の用意ができております。 ここは寒いですから、中にお入りください」

サクセスにせかされて、一同は中に入っていった。


食堂では、用意された食事にアーカス子爵ががっついていた。

「はむはむ……やはり田舎料理だな。料理はまずいし酒も安物とは。ごぐごく、我々のような高貴な客を迎える態度がなっておらん」

エリザベスが精一杯がんばってつくった料理や、王都との交易で手に入れた酒をがぶ飲みしながら悪態をつく。

その隣で、フロッグはひたすらエリザベスに話しかけていた。

「エリザベスって長いから、エリスって呼んでいい?」

「え、えっと……」

「決まり!それでエリスちゃんって婚約者いるの?」

いきなり聞かれて、エリザベスは動揺する。

「え、えっと……いませんが……その……」

サクセスのほうをチラチラみながら視線で助けをもとめるが、フロッグはさっさと話を進めた。

「父上、婚約者はいないみたいですよ。これで決まりですね」

「うむ。三男とはいえワシの息子をやるのは惜しいが、ありがたく思えよ」

アーカス子爵とフロッグは二人だけで納得しあっている。たまらずにエレルが聞き返した。

「あの、息子をやるとはどういうことですか?」

「知れたこと。親も後ろ盾もおらん端女を哀れにおもって、わしの息子を婿にやるといっておるのだ」

パンくずをたくさん顔につけて、子爵は堂々と言い放った。

あまりの言葉にショックを受けたエリザベスだったが、次の瞬間全力で拒否する。

「そ、そんな!そもそも私はまだ14才で成人もしていません。結婚なんて……」

「心配するな。そこは婚約者ということでよい。それから貴族は15歳になったら王都の魔法学校に入学義務があるが、いかなくてよいぞ。入学金がもったいないし女に教育なと必要ないからのう」

子爵は突き出た腹をゆすって笑う。隣でフロッグもニヤニヤとしていた。

「お、お断りいたします」

「ほう。辺境の男爵家の分際でワシの息子が気に入らんとな?ならば王都への街道を封鎖するぞ」

アーカス子爵はそう脅しをかける。たしかに王都への道は、子爵の領地を通っているので、そこを封鎖されたら交易ができなくなることは間違いなかった。

沈黙するエリサベズたちに向かって、子爵はさらに言い募る。

「明日は領内を視察に回らせてもらおう。将来息子の領地になるのじゃからな」

子爵は上から目線でそう命令してくるのだった。


次の日

一行は二手に分かれて領内を回っていく。農村を回る馬車にはエリザベスとフロッグ、そして護衛騎士エレルが乗っていた。

「やっぱり田舎だねえ。なーんにもないよ。僕がいた王都では、いろんな店があってね」

フロッグは気取ったしぐさで王都での楽しい暮らしを自慢するが、そもそも都会に出たことがないエリサベスにはよくわからない。

「そ、そうですか。たのしそうですね」

「僕と結婚したら、たまには王都につれていってあげるよ。きれいなドレスや宝石も買ってあげる」

「あの……私は特に欲しいものはないのですが。それに、そんな贅沢品を買うお金なんて……」

やんわりと、自分には必要ないものだと伝えたが、フロッグは意に介さなかった。

「大丈夫大丈夫。お金なんて民から絞ればいくらでも出てくるものなんだから」

こんな調子で、ひたすらしゃべり続ける。

「フロッグ殿、いい加減にしてください。エリザベス様が困っています」

エレルが諌めるが、フロッグは彼女にもねっとりとした視線を向けてきた。

「ふふふ、君もいいなぁ。真面目でスレてない所が可愛いよ。僕がこの領の主になったら、君たちをじっくり調教してあげるよ。エリスちゃんは可愛いからメイド服を着せて、エレルちゃんは捕らえられた女騎士プレイを楽しんで……」

何やら危ない目をしてブツブツとつぶやく。

エリザベスとエレルは生理的な嫌悪感を感じて震えるのだった。


技術村には、アーカス子爵が視察にやってきていた。案内するのは、御用商人のサクセスと護衛騎士ガラハットである。

「こちらで領内のさまざまな日用品を作っております」

村の中に入った子爵は、不機嫌そうにつぶやく。

「なぜ誰も働いておらんのだ」

村は巨大な水車が何台も回っているが、外で働いている者は一人もいなかった。

「今日は雪が降っているので、中で作業しております」

そういわれて家の中に入った子爵は驚く。今は冬なのに、室内はまるで貴族の部屋のように暖かかったからである。

部屋の中央には鉄製の筒が置かれており、その中では炎が燃えている。村民たちはその周りに集まり、談笑しながら作業をしていた。

「あれは何だ?薪がない暖炉のようだが」

「石炭ストーブというものです。暖炉の代わりになるものです。薪に比べて少量の燃料で暖かくなります」

そういわれて、子爵は興味を持った。

「なるほど……くくく。これを手に入れれば売れるかもしれん」

そうつぶやくと、サクセスに聞いた。

「それで、かまど税はいかほど徴収しているのだ」

「かまど税?」

サクセスは首をかしげる。

「そうじゃ。わが領では一戸につき金貨7枚を徴収しておる。わが所有物の山林から薪を取るのだから当然であろう?」

子爵はぐふふと邪悪に笑う。かまど税とは中世ヨーロッパで行われた一種の固定資産税である。かまどの数や質が貧富の差を示す指標にされており、設置すればするほど税金を取り立てられた。

「わが領ではかまど税は徴収しておりません」

それを聞いて、子爵は不機嫌になる。

「無料でかまどを使わせるとは!そんな贅沢を民に許しておるのか!」

「贅沢ではありません。効率よく働かせるには、暖かい部屋が必要なのです」

サクセスはそう説明するが、子爵は納得しなかった。

「手ぬるい。民は甘やかすとつけあがるぞ。民など鞭で痛めつければ、いくらでも働くものなのだ」

子爵はそういうと。独り言をつぶやく。

「まあよい。くくく、ここは相当豊かなのであろうな。息子を通じて手に入れれば、われわれが抱える借金も」

「借金?」

サクセスが冷たい顔をして聞き返すと、子爵は慌てた。

「な、なんでもないぞ。しかし、お前たちは相当手ぬるい領地経営をしているようだな。息子が領主になったら、しっかりと教育してやるからありがたく思うがいい」

子爵は太った腹を突き出して威張るのだった。


さんざんただで飲み食いをした後、アーカス子爵とフロッグはようやく帰途についた。

「ぐふふ……考える時間をやろう。一ヵ月後にまた来るので、息子の受け入れの準備をして待っておれ」

そう言って豪華な馬車にのって去っていく。彼らの姿が見えなくなると、サクセスたちはやれやれといった顔になった。

「まったく!なんなのよ!一方的に婚約者だなんて!」

エリザベスはフロッグに散々粘着されてトラウマになったのか、嫌そうに震えている。

「あんなのがご主人様になるなんて、認められません。私の大切なエリザベス様が可愛そうです」

エレルはエリサベスを抱きしめて怒っている。

「スネークバード平原にいる元難民に聞いたことがあるが、やつらは強欲で収穫の七割は持っていくそうだぜ。だから逃げ出してこの領に逃げてきたやつも多くいるみたいだ。嘘かとおもってたけど、あの態度だと事実みたいだな」

ガラハットも民のことをまったく考えない彼らを受け入れられないようだった。

「……アーカス領は隣の領地で王都への街道が通っている。そことつながれば領が豊かになり、エリザベスも幸せになれるかもしれないと思ったんだが……」

「ちょっと!サクセスはあんな奴と私を結婚させるつもりなの!」

エリザベスは憤慨して、サクセスをポカポカとたたく。

「おちつけって。さすがにアレはない。民から搾取する気満々だし、借金もあるみたいだしな。婚姻を結んで合併でもしてみろ。ヴァルハラ領は滅茶苦茶になるぞ」

その光景を想像して、エリザベスたちは恐怖に震える。

「ゴールドマン商会としては、金と技術を持って王都に逃げればそれですむかもしれないが」

「やだ!見捨てないで!」

エリザベスはサクセスの袖にすがりついて泣き始めた。

「坊ちゃん。お嬢ちゃんがかわいそうですぜ。俺っちに任せておけば、あんなカエル親子なんてひとひねりで」

ガラハットは武力で反抗することを提案するが、サクセスは首を振った。

「軍を動かすのは最終手段だ。今の段階で武力を振るうのはまずい。王国から両方に処罰が下される可能性がある」

ヴァルハラ領には連弩という新兵器があるが、アーカス子爵家だけを相手にするならともかく国が介入してくれば対抗はできない。

国の命令に逆らえるほどの力はないのである。

「なら、どうしたらいいの?」

エリザベスは涙目で聞いてくる。

「ひとつだけ手がある。お前の評判が落ちるが、それでもいいか?」

「いい!あんなカエルおじさんと結婚したくない!」

そういわれて、サクセスは手持ちのカードを切る決心をする。

「仕方ない。こういう時こそケツもちに頼るべきだな」

サクセスは王都に向かうのだった。

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