第12話 借金で身を守る

王都に来たサクセスは、まず王宮に献上物を送った。

「ヴァルハラ領御用商人、ゴールドマンです。紙をつかった新商品が開発できたので献上させていただきます」

担当する役人に、薄い紙がロール状に巻かれている物体を差し出す。

「これは何だ?」

「『柔巻紙』というものです。トイレで使うものです」

使い方の説明を聞いて、担当官は首をかしげる。

「……本当にこんなものが使えるのか?」

「ぜひお試しください」

サクセスにそういわれた担当官は、柔巻紙をもってトイレに消える。

帰ってきた彼の顔は、実に晴れやかだった。

「こ、これはいいものだな。尻拭き縄や、魔皮紙に比べてはるかに尻に優しいぞ」

担当官が感動するのも無理はない。この世界でのトイレ事情は悲惨の一言に尽きる。後始末は庶民は専用の荒縄か葉っぱ、貴族でも柔らかくした魔皮紙でおこなっており、拭きごこちはあまりよくなかった。

「これなら、女王陛下も喜ぶであろう」

「ほかにも、ちょっとした掃除や鼻かみに使える紙を用意しております」

サクセスは薄くて四角い紙が入った箱をさしだす。それらは白く漂白されており、清潔さが感じられた。

「うむ。女王陛下からお褒めの言葉をいただけるだろう。しばらく宿で待機しておくように」

そう言われて、サクセスは城を退出する。

数日後、城に呼び出されて女王に対面した。

「久しいの。ゴールドマン」

「私ごとき卑しき平民の名を覚えていただいていたとは、光栄の極みでございます」

サクセスは殊勝に頭を下げる。

「貴様のことは少し調べさせてもらった。優秀な『付与魔法』の使い手だそうだな」

「過分なおほめ言葉、恐縮でございます」

土下座したまま答えるサクセスを、女王はいたずらっぽい目でみつめた。

「付与魔法といえば、400年前勇者の仲間の商人にその使い手がおったそうじゃ。彼はあまたの伝説の武器を作り出し、魔王討伐に大いに貢献したと聞く」

「……」

サクセスは沈黙したまま、女王の言葉を聴いている。

「勇者は王家に婿入りし、仲間たちは功績により貴族位を賜った。しかし、なぜか商人だけは行方不明になり、歴史から消えたそうじゃ。もしや、そなたは伝説の商人の子孫なのではないか?」

「……いえ、そう思われることは光栄なのですが、私は非才なる身。伝説の商人の子孫などと恐れ多いことでございます」

あくまで否定するサクセスを、女王は楽しそうな目で見ていた。

「まあよい。そなたの家の素性などどうでもよい。大切なのは如何に今の時代に貢献するかじゃ。そなたの発明した『柔巻紙』は大変満足しておる。今後とも献上するがよい」

「はっ。そうしたいのですが……」

暗い顔をして俯くので、女王は不審におもった。

「何か懸念でもあるのか?苦しゅうない。ワラワに訴えてみよ」

「実は、ご領主様であるヴァルハラ家への貸し金が膨大な額になっており、きちんと返済されるのか不安なのです。もし金が返ってこなくなると、紙の生産にも支障をきたすかもしれません」

その懸念を聞いて、女王は考え込んだ。

「あの聖女の一族に限って、そんな不実なことをするとは思えぬがな」

「聖女様はそうでございましょう。ですが、その婿となられる方まで信用できるとは限りません」

「……どういうことじゃ?」

女王に聞かれて、エリザベスが隣のアーカス家から無理やり結婚を迫られていることを話した。

「意に沿わぬ結婚なら、断ればよいではないか?」

「それが、断ればアーカス領を通っているヴァルハラ領と王都をつなぐ街道を封鎖すると脅されまして……」

それ聞いて、女王は激怒した。

「なんと!いかに自領の中にあるといえ、街道は王家のものじゃ。諸侯がそこを通行する商人に不当な税をかけたり封鎖したりすることは許されておらぬ!」

王国を縦横無尽に走る街道は、王家が所有するものとされていた。それは道を支配することで王国内での情報収集をしたり、商人たちから交易税を取り立てる目的があるからである。

「アーカス子爵の目的は、婚姻を名目にヴァルハラ領を手に入れること。そうなったら、借金を踏み倒されるかもしれません。かといって、断っても街道を封鎖されて商売ができなくなりますし」

「よかろう。ワラワからこの婚姻は認めぬと命令しよう」

それを聞いた宰相が、あわてて女王を止めた。

「陛下、貴族間の婚姻に王が口を出すというのは、いささか……アーカス子爵の寄り親であるアシュラ辺境伯の立場もございますれば……」

「ううむ……では、どうすればよいのじゃ?」

困った顔で聞いてくる。

「事を荒立てずに収める為、女王陛下にいただきたいものがあります」

サクセスがある提案をすると、女王はにんまりと笑った。

「よかろう。契約や信義は国の基となるものじゃ。いかに貴族といえども、一方的に反故にしてよいものではないからのぅ」

さっそくある保証書を発行する。それを手に入れて、サクセスはようやく安心するのだった。


アーカス領

子爵とフロッグが、上機嫌で向かい合っていた。

「ふふふ。早くヴァルハラ領にいきたいなぁ」

「焦るでない。あまり早急に婚約をおしつけたら悪評が広まる。一ヶ月ほど待って、どうにもならないと理解させてからお前を送り込むのだ」

子爵はぐふふと笑った。

「ふふふ……これで借金が払えるぞ。小賢しい小僧のせいで今まで安値で巻き上げていた麦が手にいれられ無くなった時はどうしょうと思ったが。婚約が成立したら、ヴァルハラ領の今年の年貢もすべて巻き上げてやる。これでわが領も安泰だ」

「僕が婿になったら、領内は好きにしていいんだよね」

フロッグがそう聞くと、子爵は頷いた。

「ああ。一定の貢物を我が家に払うなら、好きにしてよい」

「やったぁ。これで領内の可愛い子は全部僕のものだ。ハーレムをつくって、一生遊んで暮らそう」

女のことしか考えていない様子に子爵は内心呆れてしまうが、彼は息子を徹底的に使い倒すつもりだった。

(ぐふふ……魔法学院を素行不良で退学してもどってきて以来、馬鹿すぎて婿入り先も見つからなかったこいつを今までやしなってきた甲斐があったわい。息子を婿の名目で送りこみ、搾取する。同時にアーカス家の借金を少しずつヴァルハラ家におしつけて、いざとなったら切り捨てるのだ)

父親のそんな思惑にも気づかず、フロッグは喜んでいる。

そんな時、使用人から訪問客が来たと伝えられた。

「誰が来たのだ?」

「ヴァルハラ領御用商人、サクセス・ゴールドマンと名乗っております」

その名を聞いて、フロッグは不快そうに顔をしかめた。

「エリスちゃんに纏わりついている商人か。会いたくない。追い返してよ」

「それが、贈り物を持ってきたと申し上げておりまして」

贈り物と聞いて、子爵はニヤリと笑った。

「ふふふ。さすがに小賢しい小僧だけはあるな。我々が新しい領主となると見て、擦り寄ってきたか。会おう」

執務室に通そうとするので、フロッグは反対した。

「父上、なんであんな奴に」

「ふふ、ああいう平民には使い道があるのだ。奴を実務の担当者としてヴァルハラ領から徹底的に搾取させる。領民の不満がたまった頃に生贄として民に差し出せばよい」

そう諭して、執務室に向かう。フロッグはあわてて父親についていった。


執務室に入った子爵とフロッグは、土下座しているサクセスに迎えられた。

「子爵閣下においては、ご機嫌うるわしゅう。本日は贈り物を持ってまいりました」

うやうやしく王都で流行中のお菓子を差し出してくる。それを見て、子爵はフンっと鼻でわらった。

「ゴールドマンとかいう小僧か。何をしにきたのだ」

「は、ははっ。ヴァルハラ領の新たな支配者になるアーカス子爵様に、よしみを通じにきました」

家宰であるサクセスに持ち上げられ、子爵はいい気分になった。

フロッグはそんな彼を見て、馬鹿にしたように笑う。

「ふっ。さすが卑しい商人だね。今までヴァルハラ家に散々世話になった恩を忘れ、僕たちに媚びへつらうのか」

「これはお厳しいお言葉。フロッグ様からのご信頼が得られるように、今後は忠誠を尽くしていきたいと思います」

馬鹿にされても反抗しないサクセスを見て、子爵も少し表情を緩めた。

「フロッグよ。そこまでにしておけ。我々に忠誠を尽くすというなら、早急に領に帰ってあの小娘を説得するがよい」

そういって追い払おうとするが、サクセスは出て行かなかった。

「ははっ。さっそく取り掛かろうと思います。ですが、その前にこの書類にサインをお願いします」

サクセスはヴァルハラ家がゴールドマン商会から借りている借金の証明書を見せ、連帯保証人の欄にサインをせまる。そこには金貨10万枚の金額が書かれていた。

「馬鹿な。当家ヴァルハラ家とは縁戚になるとはいえ、あくまで別の家だ。なぜ我々まで借金をかぶらなければならぬ」

顔を真っ赤にして拒否する子爵に、サクセスはもう一枚の書類を差し出す。

そこには「ヴァルハラ家債権の保全証書」と書かれていて、女王の印璽が押されていた。

「こ、これはなんだ?」

「要するに、あまりにもヴァルハラ家の借金が多いので、婚姻合併による債務の踏み倒しを防ぐためのものでございます」

サクセスはうやうやしく説明する。

そこには、今後ヴァルハラ家に婿入りをする者の実家には、領地相続権と同時に債務の引継ぎ義務まで負わさせることが書かれていた。

つまり、フロッグとエリザベスが婚約した瞬間、アーカス家は金貨10万枚の借金を背負うことになるのである。しかも、女王のお墨付きがついているので、どうやっても踏み倒せなかった。

「連帯保証人の欄にサインをいただければ、誠心誠意エリザベスお嬢様を説得させていただきます。ぐふふ、アーカス領はヴァルハラ領より大きいので、借金の取立ても容易でしょうな」

先ほどの卑屈な態度とは打って変わって、サクセスは邪悪な笑みを浮かべる。

「き、貴様。こんなことをしてどうなるか分かっているのか。王都に通じる街道を封鎖して!」

脅しをかける伯爵に、サクセスは次の書類を見せる。

それは女王からの通達書だった。

『近年、王家に属するべき街道に勝手に関所を作ったり、行商人から税を取り立てる諸侯がいると聞く。もしそのような犯罪を犯すものがいたら、王家の名にかけて厳しい罰を下す』

その書類には、諸侯による街道の不法占拠を厳しく取り締まる旨が書かれていた。

言葉をうしなう子爵に、サクセスは畳み掛ける。

「では、子爵様。その書類にサインを」

「……破談だ」

子爵は吐き捨てる。

「え?」

「だから、この婚姻話は断る!」

それを聞いたフロッグが叫び声をあげる。

「そんな!もうエリスちゃんのメイド服もエレルちゃんの拘束具も取り寄せたのに!」

「やかましい。この馬鹿息子め!」

子爵はフロッグを殴りつけると、サクセスをにらみ付ける。

「貴様の顔を見るだけで不愉快になる。さっさと失せろ」

サクセスはそれを聞くと、一礼して去っていくのだった。

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