第10話 小さな違い
「しかし、なんでこんな所に穴が開いているんだろう。まるで、中から何かが出てきたような開き方だな……」
完全に骨になったダークタイガーを検分していたサクセスは、疑問に思う。棺の底には大きな穴が開いていて、内側から外に向かって開いていた。
「おい。そんなのいいから。帰るぞ」
レオンがそういったとき、何かの叫び声が聞こえてきた。
「オオーム」
慌ててそっちを見ると、先ほど倒されたはずのアイスゴーレムが復活している。
「よし。次こそ俺に任せろ」
レオンは光の剣を振りかざし、切りかかっていった。
「えいっ!『太陽剣』」
剣から出た光がゴーレムを切り裂き、その体を作っている氷を溶かす。
しかし、溶けた氷は一瞬で再び凍りつき、切断された手足も元どおりになった。
「くそっ!」
焦ったレオンは狂ったように切りかかるが、アイスゴーレムはそのたびに再生を繰り返す。
「無駄だ。あの石炭で出来た核を砕かないかぎり、何度でも復活する」
『鑑定』のメガネでゴーレムを見たサクセスは、そう分析する。
「どうやって核を砕くの?氷が厚すぎて、剣で刺しても届かないよ」
エリサベスは焦った声を上げる。その隣でシャルットも震えていた。
「まてよ。あのゴーレムの動力源が石炭ということは、動くには補給しないといけないわけだよな」
冷静に観察していたサクセスは、そう結論づける。考えていると、ゴーレムを倒す方法を考え付いた。
「ええい。仕方ない」
サクセスは、ガス灯の下部についている箱を開け、中の魔石を取り出す。それはエレルの風魔法を付与されたものであり、大量の石炭ガスを蓄積していた。
「ほら、餌だぞ!」
魔石を放り投げると、アイスゴーレムは拾い上げて体内に入れる。
「思ったとおりだ!よこせ!」
疲労のあまり肩で息をしているレオンの手から『光の剣』を取りあげる。同時に自分の体に魔力を『付与』した。
神経を通じて肉体に魔力が供給され、一時的に筋肉を強化する。
「えいっ!」
光の剣を投げつけると、意外な勢いでとび、アイスゴーレムの胸に突き刺さった。
「グゲッ!」
口から大量のガスを噴出していたゴーレムは、熱に引火して大爆発を起こしてしまう。
ゴーレムの体は木っ端微塵に砕け散るのだった。
「よし。これが核だな」
サクセスは砕け散ったゴーレムの体から核を取りだし、地面に叩きつける。
パンという音を立てて、核は爆発した。
「あれ?王子が倒すはずなのに、執事が倒しちゃった。こういう分岐ルートもあるのかな?」
それを見て、シャルロットは首をかしげている。
「どうですか?サクセスって結構強いでしょう」
「う、うん」
そんな彼女に、エリサベスは自慢そうに笑いかけた。
「まあ、小さい頃から自分なりの戦闘訓練を続けていたからな」
「私を守るためによね」
エリサベスはサクセスに信頼しきった目を向ける。
「違う。商人には体力も必要なんだ」
「またまた。そんなこと言っちゃって」
上機嫌な彼女を放っておいて、サクセスは光の剣を拾い上げる。そして呆然と立ち尽くしているレオンに話しかけた。
「レオン様。ありがとうございます。あなたが勇敢に戦ってくれたおかげで、アイスゴーレムを倒せました」
そう褒められて、レオンは自信を取り戻した。
「そ、そうだよな。実際に戦ったの俺だもんな。お前はちょっと止めを刺しただけだよな」
「ええ。この剣の所有者にふさわしい戦いっぷりでした。これはあなたのものです」
サクセスから差し出された光の剣を、レオンは意気揚々と受け取った。
「よし、帰るぞ」
剣を振り回しながら帰途につくレオンを、シャルロットは複雑な目で見つめていた。
(ううーん。確かに結果だけみればゴーレムは倒されて、光の剣は王子のものになったけど、果たしてこれでいいのかしら。あんまりシナリオルートから外れると、私の婚約破棄の未来が……)
自分の未来に不安を抱くシャルロットだった。
エルドリン村
その夜は盛大な宴が繰り広げられていた。
「そこで、俺はアイスゴーレムと戦って……」
『光の剣』を村人たち見せびらかしながら、レオンは自分の武勇伝を語る。
「レオン様、すごい!」
「勇者様って強いんですね」
煽てられてレオンはいい気分になる。
「最後には、『光の剣』で核を貫いて倒したんだ」
いつのまにか自分がゴーレムを倒したことになっていたが、エリサベスもサクセスも否定しようとしなかった。
「やれやれ。大変だったな」
「お疲れ様」
エリサベスはサクセスの隣にすわって、甲斐甲斐しく給仕している。不思議に思ったシャルロットは聞いてみた。
「なぜあなた達は反論しないのですか?手柄を横取りされているというのに」
そう聞かれた二人は、キョトンとした顔になる。
「サクセスから聞きました。レオン様は『冒険者貴族』として名声を手に入れないと立場がないのでしょ?私たちにはそんなもの、必要ないですから」
「レオン様が勇敢に戦われたのは事実ですし、誰が倒したかなんてどうでもいい話ですよ」
どうやら、二人ともレオンに華を持たせるつもりらしい。
(二人とも大人だなぁ。でも、これから学園で主人公をいじめないといけない私はどうすればいいんだろう。果たして、こんな二人相手に子供のいじめなんて通用するのかしら)
考え込むシャルロットの前に、ワインが入った杯が差し出される。
「そんなことより、一杯どうです?」
「え?あ、あの、私は未成年で……」
「大丈夫ですよ。私もそうだもん。領主であるエリサベス・ヴァルハラが許します。どうぞ!」
エリサベスは赤い顔をして勧めてくる。どうやら彼女はすでに酔っ払っていい気分らしい。
「そ、そうですか?ではちょっとだけ。美味しい!」
「そうでしょ!」
エリサベスとシャルロットは杯を傾けあい、意気投合する。
「シャルロット様は、魔法学園に通われているんですか?」
「いいえ。まだよ。来年の春から通う予定なの」
「嬉しい。私もそうなんです。学園に行く前に友達ができました」
エリサベスの言葉に、シャルロットはハッとなった。
「と、友達?あなたと私が?」
「駄目ですか?」
目をうるうるさせるエリサベスに、シャルロットはキュンとなってしまった。
「か、かわいい。い、いや、別にいいんだけど……物語が狂わないかしら?」
「ありがとうございます。やったー。シャルロット様大好き!」
酔ったエリサベスは、そういって抱きついてくる。
サクセスはそんな仲むつまじい二人をみて、頬をゆるめていた。
次の日
サクセスたちは、シャルロット達の見送りに来ていた。
「皆さん。ご迷惑をおかけしました」
そうペコリと頭を下げるシャルロット。
「いえいえ。魔法学園でも仲良くしてくださいね。これをどうぞ」
エリサベスはそういって、クッキーが入った籠を差し出した。
「私からは、これをあなたに」
サクセスは優雅なしぐさで、大きなダイヤのペンダントを差し出す。
「え?い、いいの?」
「ええ。あなただけ冒険の成果の分配がないのは不公平でしょうし。村長たちに加工してもらいました」
そういいながら、首にかけてあげた。
「あ、ありがとう。ポッ」
顔を赤らめるシャルロットを見て、エリサベスはポカポカとサクセスを叩く。
「いたいいたい。やめてくれ。お前の分もちゃんとあるから」
そういうと、一回り小さいダイヤのペンダントをエリサベスに渡した。
「やった。お揃いだ。ちょっと小さいけど」
「身内を贔屓するわけにはいかないだろ。我慢してくれ」
「むう……なら、仕方ないわね。でも、嬉しい」
エリサベスはニコニコと笑いながら、ペンダントを首にかけた。
「あなた、本当にしっかりしているのね。見直したわ。まるで大人の紳士みたい……って。もしかして」
シャルロットが何か言いかけた時、馬車の中から声がかかる。
「いつまでかかっているんだ。さっさと王都に帰るぞ。魔法学園に入る前に、職人に頼んでこの剣を綺麗に飾り立てるんだからな」
馬車の中で光の剣をうっとりと眺めていたレオンがそういってきた。
「仕方ないわね。二人ともありがとう。またね」
シャルロットは馬車に乗って去っていくのだった。
「しかし、騒がしい奴らだったな」
「そうね。でも楽しかったわ」
二人が顔を見合わせたとき、鳴き声がして子猫が近寄ってきた。
「あら?あなた、まだいたの?」
「みゃあ」
灰色の子猫は、エリサベスに懐いたのか体を摺り寄せてきた。
「ああ、これは『炭猫』といって北の国じゃよく見られる猫型モンスターですよ。薪の炭が好物でそれだけ食べていれば生きられるので、ペットとしてよく飼われています」
猫をみた村長が、そう説明する。
「一応念のため。『鑑定』。えっと……うん。ただの炭猫だな」
メガネで見たところ、何の異常もないので安心する。
「でも、こんな所で何しているんだろう」
サクセスが疑問に思っていると、炭猫は馬車に積まれている石炭に近寄って、バリバリと食べ始めた。
「珍しいですね。石炭を食べるなんて」
「まあ、炭も石炭も似たようなものではあるけどな」
その時、夢中になって石炭を食べている子猫をエリサベスが抱き上げた。
「あらあら、だめよ。石炭で汚れちゃうでしょ。仕方ないなぁ。綺麗にしてあげる」
「にゃっ?」
それを聞いた子猫はもがくが、エリサベスは放してくれなかった。そのまま水場につれていかれて、洗われてしまう。
「はいはい。いい子。『クリーニング』」
「にゃん!」
水洗いで汚れを落とした後、光の浄化魔法をかけると、子猫はふわふわの毛を持つ白猫になった。
「はい。綺麗になった。ふふ、かわいい」
「にゃあ」
子猫は恨めしそうにエリサベスを見上げるが、あきらめたのかおとなしくしていた。
「ねえ、サクセス。この子を飼ってもいい?」
上目遣いで聞いてくる。
「まあ、石炭はたっぷりあるし、餌代が安くつくからいいかもな」
「やった。あなたの名前はチャコよ」
「みゃあ」
エリサベスは嬉しそうにチャコを抱きしめるのだった。
帰りの馬車の中で、エリサベスが作ってくれたクッキーを食べながら、シャルロットはずっと考え込んでいた。
(ガス灯といい石炭ストーブといい、この世界の人間が考え付いたにしては不自然よね。もしかして、彼もそうなのかしら)
仮にそうだとしたら、これからの計画に思わぬ齟齬が出るかもしれない。
(というか、なんか嫌になってきたなぁ。主人公って可愛くていい子だし、あの執事とお似合いだし、二人を別れさせるのもね……)
自分の知っているとおりに進むと、あの二人の間に何人ものお邪魔虫を割り込ませないといけない。物語としてみていた頃と違い、実際に二人を知ってしまった今は、それがとんでもなく余計なお世話に思えてきた。
シャルロットは、隣にいるお邪魔虫の一人に声をかける。
「王子様。王位をあきらめては?正直、勇者になるのは無理かと」
「だったらどうするんだ。姉に王位を譲れとでも?」
レオン-レオンハルト王子は不機嫌に返してくる。
「リリアンヌ王女殿下は、優しくて魔力も強くてみんなから慕われていますけど」
「うるさい。あんなパンも食べられない乱暴な果物女なんかに、次の王は任せられないんだ」
レオンハルトは、光の剣を引き抜きながらつぶやいた。
「光の剣は手に入れた。だが、俺が勇者になって王位につくには、武力の他にも必要なものがあるな。あのエリサベスとかいう女、聖女といわれているだけにすごい魔力だった」
エリサベスを認める王子に、シャルロットは迷ってしまう。
(ここはどうすべきなのかしら。ゲームでは、主人公を褒める王子に私が嫉妬するという場面なんだけど……)
考えた末に、シナリオどおりの反応をしてみた。
「ふ、ふん。あんな女なんか必要ありませんわ。身分も低いし、王子にはふさわしくありません」
そういってぷいっと顔を背けると、王子はニヤニヤした。
「なんだ。嫉妬しているのか。可愛い奴だな。心配するなよ。あんな端女なんて、僕の正妻にはふさわしくないさ。でも、顔だけはいいから、妾にしてやろうかな。あの光魔法は役に立ちそうだし」
そう言いながら頭をなでてくるので、シャルロットは鳥肌が立ってしまった。
(うそでしょ!ゲームでは純粋な愛を主人公に注ぐって設定なのに。どういうことなの?どこで間違ったのかしら。何が原因なの)
頭を抱えるシャルロットは、サクセスと自分自身が原因であることに気がついていなかった。
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