第9話 ダンジョン
「こほん。失礼いたしました。それでは、お二人はなぜこの村に?」
サクセスがそう聞くと、レオンは自信満々に答えた。
「決まっている。冒険者として名を上げるためだ」
それを聞いて、サクセスは納得した。
(なるほど……『冒険者貴族』か)
冒険者貴族とは、魔力を持った貴族の子弟が冒険者になることで、金と名声と自由を手に入れようとする者たちのことである。
この世界の貴族家は、男女両方に継承権があるが、女性のほうが家を継いで、男性は婿に出されるケースが多い。
その理由は、魔力の遺伝と密接にかかわっている。貴族の大部分は魔法が使え、それは平民たちを支配するのに大いに役立っている。いわば、魔力とは権力の源泉なのである。
そして、通常魔力は女性優位で遺伝される。男性の魔力持ちが子供を作っても魔力が継承されるとは限らないが、女性の魔力持ちが子供を作ると生まれた子供は100%魔力持ちになる。
この特性のおかげで、王国では女性が家に残ることが多い。男性はどんなに身分が高くても、婿入り先を探すなどして自分の生きる場所を見つけないといけないのである。
そのため、望まぬ結婚を押し付けられそうになった男性の若者の中には、冒険者になって名声を得て独立し、実家の影響力から逃れようとするものたちがいる。
(だからってなぁ。何も王子まで冒険者の真似事をしなくてもいいだろうに)
彼らをみて、サクセスは呆れている。
「冒険とおっしゃっても、この村には何もありませんが……」
村長がおそるおそる言うと、レオンは鼻でわらった。
「ふふん。知らないのか。無知なやつめ。王家に伝わる伝説によると、勇者アルバトロスが冒険の旅の途中まで使っていた剣がここにあるんだ」
(王家って言っちゃったよ。もしかしてこいつアホなのか?)
呆れているサクセスの前で、レオンは巻物を開く。それは400年前に魔王グラシオラスを倒した勇者アルバトロスの伝記だった。
「勇者アルバトロスは、かつてここで六魔鬼の一匹、闇氷虎ダークタイガーを倒し、『光の剣』で封印した。新たな勇者である僕が、その剣を受け継ぐのは運命なんだ」
レオンは陶酔しきった調子で自慢するが、それを聞いてサクセスは疑問に思う。
「仮にその話が事実なら、封印を解かれたらこの村に迷惑がかかるのでは?」
「えっ?」
それを聞いて、シャルロットが意外そうな顔になる。
「それに、ヴァルハラ領の中にあるというなら、その剣は我が家の所有物。残念ですが、他の貴族家にはお譲りすることはできかねます。お引取りください」
サクセスは冷たく拒否する。その隣で、エリサベスもうんうんと頷いていた。
思っても見ない反応に、シャルロットはあせりだす。
(まずいわ……まさか主人公の執事に邪魔されるなんて。このままじゃ剣イベントが……仕方ないわ)
そう思ったシャルロットは、高飛車な態度で命令する。
「う、うるさいですよ。私はとある大貴族の令嬢なのです。こほん、予言によると、封印はとっくにその役目を終えています。光の剣は、新たに現れる勇者様のため、我々が回収すべきなのです」
身分を盾にする彼女に、彼女が公爵家の子女であることを知るサクセスは困ってしまった。
「……仕方ありませんね」
「わかればいいのです。では、あなた達に命令します。護衛としてついてきなさい」
突然の命令に、取り巻きの護衛たちが騒ぎ出す。
「お嬢様。こんな田舎貴族に頼らなくても、私たちに任せてくだされば……」
当然のことをいいだす彼らを、シャルロットは叱りつけた。
「お黙りなさい。大丈夫です。彼らは伝説の聖女と商人なのですから。あなたたちよりよほど役に立ちます」
エリサベスとサクセスを指さして告げる。
「えっ?私は伝説などという大それた者ではないのですが」
「ああもう。お願いだから付いてきてよ!イベントがこなせなくなっちゃうでしょ!」
腰の重いサクセスに、シャルロットはついに頼み込んできた。
「……わかりました。力をお貸ししましょう。ただし、ちゃんと報酬は払ってもらいますからね」
「仕方ないわね。手に入る予定のダイヤをあげるわ」
なんとか、二人の間で話がつく。
こうして、臨時に冒険パーティが結成されるのだった。
エルドリン村
「いいですか?私たちだけでいきます。絶対についてきてはいけませんよ」
護衛たちに、シャルロットは言い含めていた。
その隣では、サクセスが村長と話し込んでいる。
「ここは、廃坑跡なのか?」
『光の剣』があるという洞窟の地図をみながら確認する。
「はい。もっとも我々がここに村をつくるはるか以前に廃坑になっておりまして、我々も中をよく知らないのです。以前このあたりにあった村は、闇の吹雪で全滅したと伝承に残っております」
「闇の吹雪?」
顔をしかめるサクセスに、痺れを切らしたのかレオンが怒鳴りつけた。
「おい。いつまでぐずぐすしているんだ」
「少しお待ちください。準備してからいかないと……村長。明かりを用意してくれ」
「かしこまりました」
サクセスの手配で、この村で使われている照明器具が持ち込まれる。それはランプのようだったが、火口が魚の背びれのように広がっていて周囲を明るく照らしていた。
「なんだこれは。ランプじゃないのか」
「サクセス様が発明してくださった『ガス灯』でございます。石炭を蒸し焼きにしたときに出るガスで明かりがつきます」
村長は下部についている箱を指差す。そこには、ガスを蓄積した魔石がセットされていた。
「あれ?ダンジョンの捜索は主人公の光魔法で行うんじゃなかったっけ。細かいところがちょいちょいちがうなぁ」
シャルロットは何事かつぶやいている。
「何でもいいから、いくぞ!」
こうして、パーティは廃坑に入っていった。
ダンジョンの中
「ううっ。暗くて不気味。ねえ、やっぱりエリザベスさんの光魔法で中を照らさない?」
ガス灯を持ったシャルロットがそう提案してくる。当たり前だがダンジョン内は暗く、ガス灯の明かりでは足元がよく見えなかった。
「だめですよ。明かりに光魔法を使ったら、いざという時に魔力が足りなくなって治癒魔法が使えなくなります」
サクセスは、無情にも却下する。
「うう……。たしかにそうなんだけどぉ。ゲームじゃ魔力が尽きた主人公をかばって王子が活躍するって設定だったのに……執事の意地悪。ふぎゃっ!」
何か考え事をしながら歩いていたせいで、シャルロットが転んでしまった。
「お嬢様。大丈夫ですか?お手をどうぞ」
それを見て、サクセスが手を差し伸べる。
「や、やだイケメン。い、いや、惑わされてはだめよ。彼は主人公の攻略対象なんだから。悪役令嬢の私とは無縁なはず」
顔を真っ赤にするシャルロットに、レオンとエリサベスがふくれっ面になる。
「お前!シャルロットに気安くふれるな!」
「サクセス……ほかの女の子ばっかりやさしくして!」
二人が叫んだとき、何かが襲ってきた。
「キイイ!」
そんな叫び声をあげながら、黒い影が天井から降ってくる。
「任せて!『銀氷矢』」
シャルロットの指輪がきらめくと、白い氷の矢が無数に生み出されて、影を串刺しにした。
「これはダークバットですね。魔物化したコウモリで、残念ながら素材の価値はないみたいです」
地面に落ちた魔物を、サクセスが鑑定する。
「シャルロット様。すごいです。こんなに強い攻撃魔法、初めて見ました」
エリサベスは、尊敬の目でシャルロットを見つめていた。
「そ、そうかな?」
「そうですよ。頼もしいです。憧れます」
照れるシャルロットを、エリサベスはさらに褒める。
「えへへ……え?あれれ?どういうこと?主人公と私は憎み合う運命なのに。尊敬されるのって?」
「そうだぞ。シャルロットは強いんだぞ。俺の自慢の婚約者なんだ。全部任せれば安心だ」
困惑するシャルロットの脇で、なぜかレオンが威張っていた。
「え?あなたがシャルロット様の婚約者?かわいそう」
「どういう意味だ!」
怒るレオンを見て、シャルロットはため息をついた。
(小さい頃から、ちょっと面倒を見すぎたのかしら……でも、相手は王子だし、あんまり冷たくするのもいけないと思ってたし)
まるで弟のように自分に依存してくる彼を、頼りなく思ってしまう。
(まあいいわ。奥には王子にしか倒せないアレがいるし。アレをやっつけることで、自信をもってもらえれば)
気を取り直して、ダンジョンの奥に向かうのだった。
ダンジョンの最深部には、石でできた棺があり、それに白色に輝く剣が突き刺さっている。
その底には穴が開いていて、そこから零れ落ちたダイヤが輝いていた。
「もしかして、あれが『光の剣』なのか?」
駆け寄ろうとしたレオンを、シャルロットが止めようとする。
「お待ちください。棺はアレが守っていて……きゃっ!」
シャルロットがそういったとたんに、奥から氷でできたゴーレムがやってきた。
その内側には黒い石炭が核として蠢いている。
「予定通りね。『銀氷矢』」
シャルロットが氷の矢を放つが、ゴーレムは平然としている。そのうち魔力が尽きてしまった。
(えっと……ここで王子を見捨てて逃げることで、失望されてしまうんだったわね。よし)
「きゃーーーっ。魔力が尽きてしまったわ。逃げなきゃ!ふぎゃっ!」
くるりと後ろを向いて走り出そうとしたが、足元の石に躓いて、またも転んでしまった。
そんなシャルロットを、サクセスがかばう。
「お嬢様。お逃げください。あなたは充分に戦ってくださいました。ここから先は、私たちにお任せください」
「そうですよ。『ヒール』」
エリサベスが近づいてきて、治療魔法をかけてくれる。
「ふぇぇん。ありがとう」
涙目で鼻を押さえながら、シャルロットは立ち上がった。
「よし。地面に『付与魔法』をかける。エリサベスは光魔法を注入しろ」
「任せて!」
サクセスが地面に手をつけて呪文を唱えると、巨大な魔方陣が描かれた。
「いきます。『ホーリーライト』」
ここまで魔力を温存していて万全の状態だったエリサベスは、すべての力を解放する。その背中から光でできた羽が生え、魔方陣に吸い込まれていった。
「あなた、やっぱり……」
シャルロットが何かつぶやきながらエリサベスを見ている間に、魔方陣が光に満ちていく。
そして、アイスゴーレムの足元にまで広がった。
「グワッ」
アイスゴーレムの体が溶けていき、中央の核が地面に落ちる。同時に魔方陣も消えていった。
サクセスたちが戦っている間、レオンは棺にたどり着いていた。
「ふっ。待っていろ。この『光の剣』でそいつを倒してやる」
自信満々に剣を抜こうとしたが、硬く締まっていてなかなか抜けない。
夢中になって奮闘していると、周囲に人の気配が感じられた。
「あの……レオン様。アイスゴーレムはエリサベスさんが倒しちゃいましたけど」
微妙な顔をしてシャルロットが告げると、レオンは真っ赤になった。
「う、うるさいな。いいから手伝え」
「仕方ないですねぇ」
全員が協力して力をこめると、ようやく剣は抜けた。
「やった。これは俺のものだ」
喜ぶレオンを放っておいて、サクセスは棺の下に落ちているダイヤを拾い集めていた。
「ぐふふ……これは値打ちものだぞ」
自分たちを放っておいて宝物に執着する男たちに、シャルロットとエリサベスは同時にため息をつく。
「あなたも苦労しているみたいね」
「シャルロット様こそ」
二人の間に、妙な連帯感が生まれるのだった。
「よし。用は済んだ。さっさと帰るぞ」
そういって帰ろうとするレオンを、サクセスは押しとどめた。
「お待ちください。その剣を持って帰っても大丈夫か、確認しないと」
そういいながら、棺を開ける。中には巨大な白い虎の死体が入っていた。
「……うごきませんね。封印がとけたのに」
「そうだろう。だから大丈夫だ。心配しすぎなんだよ」
レオンはいらただしげに言う
「一応、処置をしておきましょう」
サクセスはそういうと、持ってきた荷物から油を取り出し、棺の中の死体に撒いていく。
「何しているの?」
「念のため、焼き尽くしておこうと思いまして」
「え?放っておいたほうがいいと思うけど。完全に焼き尽くされたら、六魔鬼の一匹ダークタイガーの復活イベントが起こらないかも」
なぜかシャルロットが反対してくるので、サクセスは首をかしげた。
「え?」
「な、なんでもないわ。うん。燃やしたほうがいいわよね。徹底的にやっちゃって」
こうして油が撒かれ、火がつけられる。虎の死体は勢いよくもえがった。
「ねえ、なんか動いているみたいなんだけど」
見物していたエリサベスがそう指摘する。
「気にするな。筋肉の収斂だ」
「叫び声もあげてるよ」
「肺にたまった空気がもれているだけだ」
サクセスはまったく躊躇することなく、淡々と作業を続ける。
こうして、ダークタイガーの死体は焼き尽くされてしまうのだった。
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