第8話 冒険者
「エリサベス様。こちらにいらしてください。村の広場で歓迎パーティの準備が整いました」
背の小さいドワーフの女性たちに囲まれて、エリサベスが困惑している。
「あ、あの、えっと……」
助けを求めるようにサクセスを見るが、いい笑顔を浮かべられた。
「お嬢様。村の者たちとの交流をお楽しみください。私たちは仕事が残っておりますので」
「ち、ちょっと!」
何かわめいていたエリサベス、女性たちに連れて行かれた。
それを見送ったサクセスは、厳しい顔で村長に向き直る。
「それで、ヴァルハラ家に納める租税は用意してあるだろうな」
「は、はい。こちらに」
倉庫に向かうと、事前に要求された物が大量に積み上げられている。それは石炭や鉄製の武器・農具などの他に、いくつか変なものも混じっていた。
「これは何なのですか?鉄の鉢や筒なのはわかりますが、どうやって使うのかわかりません」
事前に伝書鳩で設計図を渡されそのとおりに作ったのだが、ドワーフたちも使い方がわからなかった。
「これは『石炭ストーブ』だ」
サクセスはダルマのようにずんぐりしている鉄の鉢の蓋を開け、中央に石炭を入れて火をつける。たちまち火がついて周りは暖かくなったが、同時に煙が噴出してきた。
「けほっ。煙たいですな」
「わかっている。だから、蓋に鉄の筒をつけて、煙を外に逃がすんだ」
サクセスが鉄の筒を接続すると、煙は筒を通って外に逃げていった。
「なるほど。暖炉の一種なのですな」
「ああ。石炭を使うので暖炉よりストーブのほうが火力が強く、すぐに暖まることができる」
村長は、サクセスの発明に感心する。
「ありがとうございます。この村でも採用させていただこうと思います」
「それは好きにするがいい」
サクセスはそう告げると、租税の品物をチェックした。
「よし。決められた量をちゃんと納めたようだな」
「ありがとうございます。それで……ええと」
「わかっている。ここからはゴールドマン商会とエドワルド村の交易だ」
そういうと、村の外で待機させていた隊商を招き入れた。
何台もの馬車が村に入ってきたので、男たちが歓声をあげる。
「やった!食べ物が来た!」
「これで母ちゃんと子供に服を買ってやれるぞ」
持ってきた鉄製品や石炭を振りまわし、早く交換してくれと催促する。
「あわてるな。今回は充分に品物を持ってきたからな。いくらでも交換してやれるぞ」
馬車の荷物を降ろすと、大量の麦や塩、砂糖や果物、干し肉や干し魚、服や木製品が現れる。
こうして交換市が始まるのだった。
村の外
村の街道では、多くの馬車が並んでいて渋滞が発生していた。
その列の最後尾に、一際豪華な馬車が並んでいる。
「まったく、どうして進まないんだ」
金髪の高貴な顔立ちをした少年が、不快そうにつぶやく。
「どうやら、交易隊商と鉢合わせしてしまったみたいですね」
銀色の髪をツインテールにした美しい少女がそう説明した。
「くそっ。早くしないと横取りされてしまう」
「あせっても仕方ありませんわ。大丈夫です。『光の剣』はきっとレオンハルト王子様のものになりますわ。ここに書かれています」
銀髪の少女が差し出したのは、魔皮紙の巻物だった。表面には幼児が書いたような字で「よげんのしょ」と書かれてある。
「またそれか。胡散臭い。だいたい、それを書いたのは君じゃないか。シャルロット」
「うふふ。でも、今まで細かい所は違っていても、だいたい当たっていたでしょ」
「まあ、そうなんだが……」
レオンハルトは薄気味悪そうに、シャルロットを見つめる。
「ご安心ください。あと少しで馬車転倒イベントが起こって、王子は運命の主人公と会えるはずです」
そうつぶやいたあと、シャルロットは首をかしげた。
「でも、ここからどうやってあの出会いイベントが起きるのかしら。予定では、全力疾走している馬車の前に猫が飛び出して、びっくりした馬が転倒して、聖女が治療するっていう設定なんだけど」
シャルロットの思惑とは異なり、馬車は渋滞をノロノロと進んでいった。
交易は順調に行われていた。荷物を積んだ馬車がどんどん村に入ってくる。
「今回はいつもより量が多いですな。それに塩だけじゃなくてぜいたく品もたくさんある」
大量の品物をゲットした村長が、ホクホク顔でつぶやく。
「少し前、王都との交易ルートを拓くことに成功したんでな。安価で品物が入ってくるようになった。またここまでの道中も魔物を駆除しておいたから、今後はもっと隊商の数を増やせるぞ」
「ありがたいです。これでこの村も豊かになれそうです」
サクセスは傲慢ではあるが強欲ではない。鉄製品や石炭との交換レートも妥当なものであるし、村に必要なものを持ってきてくれるので村長たちは感謝していた。
「気にするな。商売はお互い様だ。それと、あまっている石炭があったらもっと譲ってくれ。これから冬になるし、用意はしておかないといけないからな。代金は次の交易の時払う」
「わかりました」
「ずいぶん簡単に信用するんだな」
「ゴールドマン商会が我々をだましたことは一度もないので」
村長は信用していると言う。
「確かにな。信用は商人にとって一番の宝だからな」
サクセスがそういったとき、急に騒ぎが起こる。
「お前たち、何者だ!ゴールドマン商会の馬車じゃないな!」
そんな声が聞こえてきたのであわてて出てみると、白馬が引く豪華な馬車を村の男たちが取り囲んでいた。
「無礼な下民め!我々を誰だと心得る!恐れ多くも……」
馬車の護衛と御者が威嚇するが、男たちは恐れ入らない。
「知るか!俺たちの領主様はヴァルハラ男爵家だ!」
偉そうにされて、村人たちはますますヒートアップしてしまった。
「なんか面倒臭そうな奴がきたぞ……。エリサベス様に女子供と一緒に隠れていて下さいって伝えてきてくれ」
「わかりました」
村長にそう言って、サクセスは馬車の元に向かった。
「失礼。私はヴァルハラ家御用商人のゴールドマンと申すものです。どちらの貴族家の方ですか?」
サクセスが丁寧に聞くと、御者は名乗ろうとした。
「聞いて驚け。かの名高い……」
「ちょっと待て!」
その声と共に、金髪の美しい少年が馬車から降りてきた。
「俺はレオン。新たなる勇者になる男だ。お前たち、俺に会えたことを誇るがいい」
少年は堂々と名乗りを上げるが、それを聞いた村民たちはポカンとしていた。
「勇者って?なんだそれ?」
白けた雰囲気が漂ってしまう。その時、反対側のドアが開いて、銀髪の美少女が降りてきた。
「何言っているのよアホ王子。まだ何もしてないのに勇者を名乗っても、相手にされるわけないでしょ。それより、猫は?どこにいるの?」
何事かつぶやきながら、きょろきょろと辺りを見渡す。
すると、近くの炭鉱から小汚い灰色の子猫がやってきた。
「にゃーん」
猫はあまり食べてないのか、ガリガリにやせ細っていて、よちよちと馬車に近づいてくる。
「あ、あの子ね。今さら来ても遅いのだけど……。まあいいわ。こっちにいらっしゃい」
銀髪の美少女はクッキーを取り出して、猫をさそう。
しかし、その猫はレオンを見ると、威嚇してきた。
「ふーーーっ!ぐるるるるる!」
自分をみてうなり声をあげる猫に、レオンは不機嫌になる。
「なんだこの汚い猫は。あっちにいけ!」
「ふぎゃっ!」
猫はレオンに蹴飛ばされ、叫び声をあげる。
しかし、蹴った足にしがみついて爪を立て、噛み付いた。
「ぐるる!」
「いたっ!くそっ!てめえ!」
激昂したレオンは剣を引き抜き、突き刺そうとする
その時、澄んだ声が響き渡った。
「やめなさい!」
皆が声をした方向を見ると、オレンジ色の髪の美少女エリサベスがやってきた。
「かわいそうに。怖かったのですね」
エリサベスはレオンを無視して、猫を抱き上げる。
「にゃー」
抱っこされた猫はおとなしくなり、エリサベスに頭を擦り付けた。
猫をよしよしとあやしたエリサベスは、レオンに冷たい目をむける。
「こんな小さな猫に剣を抜くなんて、大人気ないじゃないですか」
「なんだお前は」
叱られたレオンは、ますます不機嫌になってエリサベスを睨み付けた。
「えっ?これが出会いなの?うそ。なんか不穏な雰囲気なんですけど……い、いや、これはこういうイベントなのかも。運命の二人の出会いは最悪って設定よく使われるし……」
二人の隣では、銀髪の美少女が頭を抱えていた。
一行は村長の家に移動して、話し合いが行われる。
サクセスが代表して口を開いた。
「何か事情があるみたいですね。話を聞きましょう」
「あなたは……なるほどね」
その令嬢はサクセスを見て、なぜか納得した表情を浮かべる。
「失礼いたしました。私の名前はシャルロット。お忍びの旅故に、家名を名乗ることは控えさせていただきますわ」
シャルロットと名乗った少女は、優雅に一礼した。次に、隣に座っている少年を紹介する。
「こちらは私が雇った冒険者、レオンでございますわ」
冒険者よばわりされたレオンは、不機嫌にささやき返した。
(おい!俺を呼び捨てにするな!)
(しーーーっ。黙っていてくださいませ。あなた様は身分を隠して修行の旅にでているのですから)
こそこそとささやき合う二人を見て、サクセスは不審に思う。
(なんか変なやつらだな……『鑑定』」
鑑定のメガネで二人を見たサクセスは、真っ青になる。
(マジかよ……こんな所で何やっているんだ)
銀髪の少女は、シャルロット・エレメンタル公爵家長女。
金髪の少年は、レオンハルト・エジンバラ王子。
「鑑定のメガネ」にはそう表示されていた。
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