第7話 エルドリン村

数日後

武装した兵士たちがやってくる。

「ヴァルハラ領家宰、サクセス・ゴールドマンだ。領主に申告した収穫予定量が正しいか調査に来た。村長たちはどこだ」

「はっ。ただいまつれてきます」

村を占領した小作人たちが、縄で縛られている村長や地主たちを連れてくる。彼らはサクセスを見ると、涙を流して足元にすがりついた。

「家宰さま。こいつらを捕まえてください。無法にも村を占領した反逆者です」

必死に訴えるが、サクセスは冷たく無視した。

「そんなことはどうでもよい。麦の収穫は終わったのか?」

「はっ。こちらに」

小作人たちが穀物倉庫に案内する。そこは収穫を終えたばかりの麦が山のように積まれていた。

その領を確認したサクセスの眉が上がる。

「これはどういうことだ。領主に対して提出された予想収穫量よりはるかに多いではないか!」

縛られている地主たちを引き出して、詰問する。

「そ、それは、予想以上に収穫できたというか……」

「貴様たちに徴税を代行させていたのが間違いだったようだな。租税の元となる予想収穫量も正確に見積もることができぬとは。これはさらに詳しく調べなければならん」

兵士たちに命令して、地主たちの屋敷を捜索する。すると、本来この村では生産できないはずの贅沢品や貴重品と共に、隣のアーカス領の商人との取引記録が出てきた。

「貴様たち!収穫量をごまかして麦を横流ししていたのだな!」

「ひいいっ!」

動かぬ証拠を突きつけられて、村長たちは真っ青になる。

「ど、どうかお許しを!それはほんの出来心で」

「ならん。この記録を見ると、何十年にもわたって横流しは続いていたようだ。今まで脱税していた分、返してもらわねばならんな。今年の収穫はすべて没収だ!」

脱税の罰ですべて召し上げるという言葉に、村長や地主たちは死人のような顔色になった。

「ど、どうかそれだけはご勘弁ください。すべて持っていかれたら、私たちは餓死してしまいます」

地に頭をこすり付けて伏し拝む。今まで搾取されていた小作人は、そんな情けない姿を見て罵声を浴びせてきた。

「ふざけるな。俺たちからすべての収穫を持っていっていたくせに」

町から帰ってきた小作人だけではなくて、元いた小作人たちからも石を投げられる。地主と小作人の上下関係は、完全に崩れていた。

土下座し続ける地主たちを冷たく見下ろすサクセスだったが、頃合を見て告げる。

「いいだろう。貴様たちが食べる量だけは残してやろう。ただし」

一緒に押収していた地券証書を取り出して、宣言する。

「納められない麦の代わりに、土地を没収する。これらの土地はヴァルハラ家が直接管理するものとする」

「そんな!」

悲鳴を上げる地主たちだったが、サクセスが連れてきた兵士たちが剣を抜くと、しぶしぶ引き下がった。

「さて、ヴァルハラ家の土地となった農場で働きたいという者はおらんか?そこで働くなら、充分な報酬を毎年配給するぞ」

サクセスは労働と引き換えに報酬を約束する。

安定した生活ができると聞いて、小作人たちは喜ぶ。

「おれたち、これから心を入れ替えて一生懸命働きます」

こうして、ヴァルハラ領の地主支配は終わりを告げるのだった。


執務室に、今年の租税報告書が上がってくる。

「すごい……こんなにたくさん」

その量を見てエリザベスは驚く。昨年度の2倍の税収があった。

「サクセス、これはどういうことなの?」

「詳しくは報告書に書いてあるが、要は地主たちが搾取していた分を取り上げたということだな」

サクセスはメガネをくいっと持ち上げて、説明する。

「やつらは小作人をわずかな報酬で酷使していただけではなく、麦そのものの収穫量を過少に申告して脱税していた。その罰として土地を取り上げ、ヴァルハラ家のものとした。増加分はその土地から収穫した麦だ」

サクセスの措置により、地主たちはほとんどの土地を取り上げられ、単なる自作農家から再出発することになった。そしてヴァルハラ家の直轄地となった農地では、元小作人たちが働いていて、彼らが飢えないようにきちんと報酬も支給されている。

その結果、大幅な税収の増加につながっていた。

「土地を無理やり取り上げたの?それって良いの?なんだか理不尽な気がするんだけど」

「気にするな。地主たちは先祖代々搾取を続けていたんだ。たとえルールに沿ったものだったとしてもな。それが限界を迎えてたまたま今の時代に破綻を迎えたにすぎない」

日本の歴史上でも、社会体制の変換期に今まで権力を振るっていた地主から土地を取り上げて、小作人に分配して疲弊した農村を立て直すということがされていた。有名なのは豊臣秀吉の太閤検地と戦後のGHQによる農地改革である。

そうすることで複数の権力者による年貢の多重搾取を防ぎ、実際に作物を作っている小作人のモチベーションも回復できるのだ。

「こうすることで、今まで無料の施しに群がるだけの者たちに、再び労働意欲を取り戻させることができた。どうせ貧しい者たちに麦を渡すなら、働かせたほうがいいだろう?」

「そっかあ。私たちが直接雇って給料を保証することで、みんな真面目に働いてくれるようになるんだね」

エリザベスはうれしそうな顔になるが、サクセスは首を振った。

「いや、公営農場で働くことになった小作人たちは、最初は感謝して精一杯働くだろうが、数年したらまた怠けるようになるだろう」

「なんで?」

「働いても働かなくても、一定量の報酬が支給されるからだ」

サクセスは前世の知識から、共産制-安定と引き換えに競争を失った社会では、全体の活力が失われることを知っていた。

「だから頃合を見て、また自由競争にもどさねばならん。労働意欲を維持するために」

元の世界のとある独裁共産国家でも、国家に上納分以上に生産された農作物は私有財産にすると制度を改正した結果、劇的に収穫量が伸びた。人は貧しいときには安定と生活の保証を求め、その後には豊かさを求めるものなのである。

「公営農場は10年で解体し、そこで働いている小作人たちに無償で土地を分与して、売買も黙認するようにしよう。これで奴らを土地に縛り付けることができるぞ」

「え、でもそれじゃ元の木阿弥じゃ?収穫に差が出るようになったら、また地主が出現するんじゃない?」

エリザベスは鋭い指摘をする。

「それは俺たちの世代が解決することじゃない。何十年、何百年後の者たちがまた悩むことなのさ」

安定→格差の発生→搾取→限界を迎えて破綻→武力による秩序の再構築→安定→格差の発生という栄枯盛衰はひとつのサイクルなのだ。大切なのは変化を恐れず、その時代に合った体制を選択することである。

(だが、これは金持ちの御用商人である俺にもあてはまる。だから俺の時代に破綻を迎えないようにあまり搾取せず、稼いだ金は領地に還元しないとな)

サクセスはそう自分に言い聞かせるのだった。


ヴァルハラ家 領都の館

館では、ゴールドマン商会が用意した隊商に大量の麦や塩、日用品が積み込まれようとしていた。

「あれ?サクセス、どこに行くの?」

「エルドリン村だ。半年に一度の交易の時期だからな」

旅装をしたサクセスが答える。

「そっか。気をつけてね」

「何を言っているんだ?お前もくるんだ。準備しろ」

いきなりそう言われて、エリザベスはびっくりしてしまった。

「え?なんで?」

「エルドリン村は、数十年前に北の国からの亡命者が作った村だ。そこで作っている金属製品が、領内で使われている」

「うん」

エルドリン村は北の国境地帯の山岳に位置する鉱山村である。麦などの農業は見込めないが、周辺の山では鉄鉱石や石炭が取れるので、それらを利用する鍛冶師が定住していた。

「彼らはヴァルハラ家に対する帰属意識が低い。領主であるお前の顔もしらないくらいだ。たまには顔を見せて、お前がトップなんだということを周知させる必要がある」

「それは分かるけど、どうしてこのタイミングで?」

その質問に、サクセスは荷物を運んでいる兵士たちを指差した。

「今までは兵士を雇えなかったので、途中の魔物の襲撃が危なすぎてお前を領都から出せなかったんだ」

「そっか。私を心配してくれていたんだね。わかったわ」

こうしてエリサベスを中心とした隊商が組まれる。街中をパレードする彼女に、町の住人たちは手を振った。

「お嬢様が後を継ぐと聞いて不安だったが、あの馬車を見ろよ。立派なもんじゃないか」

「こんな豪勢な隊商を組めるなんて、うちの領も捨てたもんじゃねえよなぁ」

人々はヴァルハラ家が健在であることに安堵し、隊商を見送るのだった。


エルドリン村

何回か魔物の襲撃があったが、訓練された兵士の連努によって追い払うことができた。

隊商は無事に村に到着し、笑顔を浮かべた村民たちに迎えられる。

「ゴールドマン様!ようこそいらっしゃいました」

筋肉ムキムキのドワーフ村長が、サクセスに恭しく礼をする。

しかし、サクセスは片手を挙げて制した。

「待て。私より先に挨拶すべき相手がいらっしゃる」

サクセスは馬車を降りて、うやうやしくドアをあける。

「お嬢様。お気をつけてご降車ください」

「う、うん。なんか調子狂っちゃうな。こほん。大儀でした」

サクセスが差し出した手をとり、ゆっくりと降りてきた可憐な美少女を見て、村民たちはざわめいた。

「だ、誰だ?きれいな子……」

「高貴な雰囲気が漂っている。も、もしかして!」

期待をこめて見つめる村民の前で、サクセスは高らかに宣言する。

「皆のもの。今回は畏れ多くもご領主様であらせられる、エリザベス・ヴァルハラ閣下がご来訪くださった。彼女は慈悲ぶかき領主様であり、傷ついた人を癒す聖女としても名高い方である。頭が高い!控えおろう」

「は、ははっ」

村長をはじめとする村民たちは、堂々としたサクセスの迫力に押されて平伏した。

(ち、ちょっと!土下座させるなんてやりすぎよ!どうしちゃったの?)

(問題ない。領主の威を借りて傲慢に振舞う俺を諌めて、頭をあげさせろ)

エリサベスのささやきに、サクセスはそう返した。

「わ、わかったわ。ええと……こほん!ゴールドマン!そこまでにしなさい。家臣としての分を弁えよ!」

「ははっ。出すぎた真似をいたしました」

サクセスは一礼して下がり、エリサベスが前に出てくる。

「皆さん。頭を上げてください。あなた方は私の大切な領民です。もし何かあったら、いつでも私に訴えてください」

その言葉を聴くと、村民たちは喜びの表情を浮かべて起き上がった。

「エリサベス様!万歳!」

「俺たちを大切な領民だと言ってくれるなんて。一生ついていきます」

エリサベスが可憐な美少女であることも相まって、領民たちは彼女に忠誠を誓うのだった。

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